プイッとする行動(言語を使わないコミュニケーション) 

無言の攻撃と罪悪感が生まれない構造について

数回前になりますが、
「プイッとする」という行為が
言葉のない拒否であり関係の切断であるというブログを出しました

ではここで一つの問いが出てきます

なぜ人はそれをするのか

しかも

なぜあれほど強い作用を持ちながら
罪悪感がほとんど生まれないのか

ここには
単なる性格や癖ではない
明確な「構造」があります

そしてこの構造は
ラカンのいうディスクール(簡単に言えばどのポジションから喋っているかいるかというものです)
とくに「ヒステリーのディスクール」と深く関係しています(これはまたいずれ) 

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まず最初に

「プイッとする」側に立つとき
その人の中で起きていることはとてもシンプルです

距離を取りたい

これだけです

しかし

それを言葉にすることができない

あるいは

言葉にすると関係が壊れると感じている

だから

言葉を使わずに距離を取る

ここまではとても自然な防御です

むしろ誰にでも起きうる反応です

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しかし

ここで終わらないのが重要なところです

「プイッとする」は
単なる距離の取り方ではなく

相手に影響を与える行為になる

ここで関係の構造が変わります

相手は何が起きたのか分からない

でも

確実に拒否されたと感じる

そして

ここで一つの非対称が生まれます

説明を持っているのは
『プイッとした側』

意味を探さなければならないのは
『された側』

この瞬間に関係の主導権が移動します

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では

なぜこのようなことが起きるのでしょうか

ここでラカンの
ヒステリーのディスクールが関わってきます

ヒステリーのディスクールとは

相手に問いを投げ
相手に意味を作らせる構造です

言葉で言えば

「あなたは何者なの?」
「あなたはどうするの?」

という問いですが

「プイッとする」は

これを言葉ではなく無言で行っています

つまり

何も言わずに問いだけを相手に残す

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ここで起きていることを整理すると

プイッとした側は
わからなさを保持する側に立ち

された側は
意味を作る側に回るという構造になります

これは通常の会話とは逆です

本来は言葉を発した側が責任を持つ

しかし
『プイッとする』では

責任は相手に移ります

何が悪かったのか
何が起きたのか

相手が考え続けることになる

これが無言のまま相手を動かす力です

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では

なぜここに罪悪感が生まれないのか

ここが核心です

人は

自分が「何かをした」と認識したときに罪悪感を持ちます

しかし

『プイッとする』は

言葉を発していない
明確な否定もしていない
ただ顔をそむけただけ

という形を取ります

そのため自分の中では何もしていないという感覚が成立します

しかし実際には

関係を切り
相手の位置を変え
強い影響を与えている

ここにズレがあります

主観としては防御

しかし

関係の中では攻撃として働く

・・・このズレが罪悪感を生みにくくしているのです

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さらにもう一つ重要なことがあります

『プイッとする』側は

自分を守っていると感じていることが多い

傷つきたくない
これ以上関わりたくない
距離を取りたい

この感覚があるため

自分の行為を正当化しやすい

つまり防御として始まった行為が

結果として
関係の操作になっている

ここにこの行為の複雑さがあると感じるのです

言語を介さない強いリアクションです 

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ここまでを見ると

『プイッとする』は

距離を取る行為であり
関係を操作する行為であり
無言の攻撃でもある

という複数の側面を持っていることが分かります

そしてそれが成立する理由は一つです

受け取る側が意味を作ってしまうからです

何が起きたのか分からない

だから意味を探す

自分が悪かったのか
何か間違えたのか

このプロセスによって関係はさらに動いていきます

そしてこれはおそらく
学習されるコミュニケーションでもあります

幼少期の関係の中で

言葉ではなく

態度や沈黙で関係が動く体験をするとそれが一つの手段として取り込まれます 

実際

人間だけでなく
動物も背を向けることで拒否を示します(猿の動画なんかでは良く見られます) 

つまりこれは

非常に原始的で強い関係操作の形式です

だからこそ

道徳やルールだけでは
完全に抑えることが難しい

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そして

人は誰でもこの側に回る可能性があります

言葉にできないとき
距離を取りたいとき
関係を調整したいとき

無意識に使ってしまう

だからこそ重要なのはそれに気づくことです

自分が受け取っているとき

これは何かを伝えられているのかもしれない
と気づくこと

そして

自分がやっているとき

これは言葉になっていないメッセージかもしれない
と気づくこと

『プイッとする』は

とても原始的で
とても強い関係の言語です

言葉がなくても
関係は動く

そして

その動きはときに
言葉よりも強く相手に届いてしまう

だからこそ

それを感じ取る力と扱う意識の両方が必要になります