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無意識にあるものと出会い直すために
私たちの心には、言葉で説明できない感情や、理由のわからない恐怖が存在することがあります。
何が怖いのかわからない。
頭では大丈夫だと理解していても、身体が固まる。
過去の出来事が、今も起きているかのように感じられる。
自分の気持ちなのか、誰かから植えつけられたものなのかわからない。
ユークリッド・カウンセリングでは、無意識の領域に注意を向け、イメージや身体感覚、感情などを手がかりに関わっていく方法を「介入」と呼んでいます。
介入は、本人の意思や現在の安定を大切にしながら、必要に応じて行います。
インナーチャイルドや解離した自己への介入
無意識に注意を向ける過程で、幼い頃の自分の姿や、普段は意識されにくい自己の部分が現れることがあります。
解離した自己の部分は、必ずしも言葉を持っているとは限りません。
話さないことも、話したくても話せないこともあります。
そのような場合、無理に話しかけたり、答えを求めたりすることはしません。
クライエント自身が、その存在のそばで待っていられることを大切にします。
言葉にならないものを、無理に言葉にさせない。
その人自身のペースを尊重しながら、少しずつ関係を築いていきます。
DVや心理的支配によって残された影響への介入
DVや支配的な関係の中では、相手から繰り返し向けられた言葉や態度が、罪悪感や恥として心に残ることがあります。
「自分が悪い」
「逆らってはいけない」
「相手を怒らせたのは自分のせい」
「自分には価値がない」
こうした思いが、いつの間にか自分自身の考えのようになってしまうことがあります。
介入では、支配的な関係の中で取り込んできた言葉や感覚に注意を向け、それらを整理するためにイメージを用いることがあります。
クライエント自身にイメージがある場合には、そのイメージの中で、不要になったものを掃除するように扱います。
こうした働きかけは、支配的な関係による影響が明らかで、本人の同意が得られている場合に行います。
また、クライエント自身には明確なイメージが浮かばない場合でも、カウンセラーが掃除をするようなイメージや感覚を用いて関わることがあります。
これは、実際に何かを物理的に取り除くという意味ではなく、イメージを用いた当相談室独自の介入方法です。
(こちらで実際に介入を受けられたクライエント様からの体験を載せております)
その際にも、クライエント自身の感覚や意思を尊重し、変化を決めつけずに進めていきます。
他者から取り込んだ罪悪感や恥と、自分自身の感情や意思を区別し、支配的な言葉との関係を変えていくことを目指します。
直接経験していない恐怖や、理由のわからない恐怖
恐怖は、自分自身が直接経験した出来事からだけ生まれるとは限りません。
戦争や災害の映像、報道、他者から聞いた出来事などに強く影響され、恐怖が残る場合もあります。
また、はっきりした出来事を思い出せないのに、特定の状況や身体感覚に強い恐怖を覚えることもあります。
介入では、そうした恐怖についても、本人が感じているイメージや身体感覚を手がかりに、慎重に関わることがあります。
恐怖の原因を無理に探し出したり、思い出せない記憶が必ず存在すると決めつけたりはしません。
現在感じている恐怖そのものを尊重し、本人の安定を確かめながら進めていきます。
依存症・依存的な状態への関わり
依存には、その人を苦しめる側面がある一方で、つらい感情や耐えがたい現実をしのぐために、その人を支えてきた側面もあります。
依存の対象が、生き延びるための生命線になっていることもあります。
そのため、依存を生み出している感情や体験を、いきなり取り除こうとはしません。
何が依存へと向かわせているのか、その依存が本人にとってどのような働きをしているのかを、クライエントとともに言語化していきます。
依存を急いで手放すことよりも、その構造を理解することを大切にします。
必要に応じて、医学的な評価や専門的な依存症治療との連携も検討します。
自分自身への赦し(どんな自分でも在っていいという感覚への到達)
介入は、心の中にあるものを、すべて消し去るためのものではありません。
恐怖、怒り、悲しみ、恥、孤独。
あるいは、長い間、誰にも気づかれずにいた自己の部分。
それらには、その人の人生の中で生まれてきた経緯があるのかもしれません。
すぐに変えなくてもいい。
無理に消さなくてもいい。
理解できないまま、そこにあってもいい。
いつか、自分の中にあるものに対して、静かに「あっていい」と触れられるようになること。
それは、苦しみを我慢することでも、他者から受けた傷つけを正当化することでもありません。
誰かに赦されるためではなく、自分自身に赦しが生まれてくること。
そのような変化を、急がずに大切にしていきたいと考えています。
介入について
当相談室でいう「介入」は、無意識やイメージ、身体感覚などに注意を向けて行う独自の実践上の呼び方です。特定のエネルギーの作用や、症状の改善が科学的に確立されていることを意味するものではありません。
介入は医療行為に代わるものではありません。強い解離症状や精神的な不安定さがある場合には、現在の安定を優先し、必要に応じて医療機関との連携を検討します。
また、介入によって特定の記憶が真実だと証明されるものではありません。
言葉にできなくても、急がなくていい。
まだ声にならないものを無理に語らせるのではなく、その人自身が、自分の内側にあるものと少しずつ関係を結び直していく。
その過程を大切にしています。






