目の力

 

隣の家の白壁を眺めていると
ふいに何かが見えてくることがある

 

それは人の顔のようだったり

動物の形だったり

自然の造形のようなものだったりするのだが

 

この度、明け方に眺めていたらば
いくつもの顔が出てきた、しかもどの顔も嘲笑の顔だった

まるで
『ヒーヒー』と笑いすぎるような声が聞こえてくるような、そんな顔。

 

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嘲笑される

ということにトラウマを持つ方は多いです

 

人の目線が怖いという主訴をお持ちの方は
どんな目線が怖いかということを探っていくと嘲笑されるということなんかも怖いと出てくる

 

他には
評価されるという『目』を怖がっていらっしゃる方もおられます

目線というものは不思議で
『目は口ほどにものをいう』と諺でも言いますが

口が閉じている状態でも
目の動きだけで
人は、その人から『どんな感情状態か』というのを読み取ってしまうことがあります

 

代表的な目としては

・睨む
・横目で見られる
・ジロジロ見られる
・上から下まで舐めるように見られる
・驚いたように目を見開かれる
・目をしかめられる

などがあります

 

また実は
目は、『相手を催眠状態に入れる』ということもできたりします

よく『蛇に睨まれた蛙』などと言い
蛇に睨まれると動けなくなってしまう状態のことを
ことわざで言いますが

まさにこれと同じような『目』をお持ちのかたもいらして
、この目のかたにお会いしたらば逃げるしかありません

 

『え?人を催眠状態に入れられるの?めっちゃ羨ましい』なんておっしゃる方も
いるかもしれませんが
実は、この『目』をお持ちのかたは

自分の思うように物事が進めてしまうので
結果、最終的に自分の目の前に立ちはだかるのは『自分自身』です

『自分との戦い』を強いられることになるので
それはそれでしんどいと思います

なので
いつまで経っても満たされない感覚をお持ちになることになるので
結果的には孤独になってしまうことが多いです

 

それはそうと
話を戻しますと

『目』というのは人間の感覚器官の中でも特に多くの情報処理を行うところです

一説によると80%の情報を担ってるとも言います

唯一、外に出ている内臓とも言われます

だからなあ、、とも思うのです

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目というのは、後々にできた器官だと言われています

最初は
もっと簡素的であったと言い
それこそ『口』と『肛門』くらいではなかったかと言われています

捕食して、そしてそれを栄養として、そして排泄する
・・・という営みの中で生命を維持して
そして継承してきたわけだと考えると

その『見る』という行為も『捕食』に近いものだと考えたりもできるよなあと思ったりしています

 

私は見るのが苦手で
すぐお会いした方を眺めたりするのがどうしてもしんどいので
目を合わせないようにして

ぼんやりと
その方がまとわれているベールのようなものを眺めたり

その方が見えきたビジョンなどが
ぼんやりとテレビの映像のように
いくつもの小さなスクリーンがその方の近くにあるのでそれを眺めたりして

そうやって、馴染ませていくところがありますが

 

しかし
割と人をジロジロ眺めることが出来る方というのはいらっしゃるものです

まるでそのような人の視線に晒されていると
『捕食されている』ような感覚になりイライラしてくることがあります

見るという行為は
相手の映像をそれこそ『脳』のなかに入れ込むので
なんだか私はそれが苦手でもあります

 

『みる』ということを日本語でも『見る』『観る』『視る』が使い分けられていて
私は自分のなかでもある程度使い分けしているところがあります

『見る』というのは
そんなに目に力が入ってない状態というか
注意深くない状態で

『観る』というのは、もう平常の状態、もしくは無の状態で
ぼんやり眺めるという状態で

『視る』というのは注視するような状態
一点を集中して注目する状態であります

そのほかですと
『診る』とか『看る』とかは
医師が診断するとか
看護するなどのニュアンスを含み

『覧る』は閲覧するとかなど
ざっと一通りの目通しをするというような状態でしょうか

簡単に『みる』だけども
これだけのニュアンスを生じるのだが

このなかにぜひ『舐め回すようにみる』という字があったら
わかりやすいのになあと思う

 

探してみたが、これにあたるような漢字は見つかりませんでした

近いところで
『監』という漢字は『み』とも読むらしく
この文字を使ったものは 監獄とか監視など
ニュアンスが暗いものを含むのでした

成り立ちは
『しっかり開いた目が たらいに張った水を覗き込む様子』とあって

近からず遠からずと言ったところでしょうか

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よくひと昔の世代のヤンキーなんぞは
目があった瞬間に
『みてんじゃねーよ』と

見るだけで一触即発での喧嘩になったものだけれども

あれも
どれだけ強いか・・ということにこだわるヤンキー様たちが
みられたくらいで気が立ってしまうという事象に不可思議さを感じます

それだけ『見る』ということは

何かしらのメッセージ性を含んでいるのかもしれないのと同時に

どこかしらで
人は見られるということに
脅威を感じているのかもしれないです

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でも外国の方々は
知らない人でも
目が合うとにっこりされたりもする

この『みる👁️』ということに日本人が特に
特別な何かを感じているのかもしれませんね

カウンセリングではこの『見られる恐怖』なんぞは昇華させていきます

   

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