明るみに出る時代

さて先日
映画の『月』を観てきました

 

前評判のわりに上映する映画館はとても少なくて、
都内での上映は新宿と渋谷くらいでした

同時に公開されていた映画は
そんなに面白くなさそうなものばっかりだったけれども

それでも、この映画よりかは遥かに多くの映画館で上映されていて

少しここでも
ぎゅっと胸が痛い感じになる

 

『やはり、誰もそんなに好き好んで鑑賞しようとするものではないんだな』

 

というまた変に社会に恨みがましい感覚が出てきて
必死でそれを感じないようにしていました

 

しかし
いざ観に行こうとチケットを取ってみたらば
思ったよりも人が多く
席が埋まってしまっていて

なんだか
そこはとても嬉しく感じたのは何故なんだろうなあと思ったりもしておりました

 

もう、すでに
どうやら私は『みてもらいたい』と思っている側のようだ

と自分のことを感じながらチケットを取っていたのだが

チケットをとったその前日に
流れで高之瀬と観る事になってしまった

何故なら『障害』で言い争いになったからなのです

 

どんな言い争いか・・というのはまたの話にして

『病気』と『障害』というのは
微妙に違うニュアンスがあるということに今回気がつきました

高之瀬との話し合いはいつも『病気』と『障害』がごっちゃになります

『病気』は確かに仕方がない不可抗力なものだけれども

『障害』というものは
どうしても違う側面を孕んでいるというか

その個人個人で感じる『障害』こそが『障害』なのだという考えに至っているのだけれども

 

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最初、生まれる子供に『病気』があったらどうしようと
主人公が思い悩むところがあって

その、子供が実際に持つ『病気』と

今回映画のテーマとしてある『障害』は別のものだという認識を私は持っています

 

病気を持っているその子自身が障害者なのではなく

その子自身が生きようとした時に生じる
周りの人の感覚や軋轢や苦悩などを『障害』と思ったらいいと思っています

(高之瀬曰く このような考えを『社会モデル』というそうですが)

 

『障害というのを
その病気を持つ人自身の問題だと思って、くっつけてしまう』

ということを
私は幼い頃からしていたから
こんなにも『障害』ということがトラウマになってしまったのだと

この年齢にしてやっと至りました

 

ここに気づいたのは去年くらいからです

誰も教えてくれないし

『障害とは何か』ということを
それこそ脳みそに穴があくくらい考えて
泣いて苦しんで
やっと、自分なりに出てきた答えは

 

『障害は、それを感じる人の心の中に在る』という答えです

 

その原理に当てはめると
私も障害者だったんだ

とやっとそこに辿り着いた時

こんなにも慟哭のような泣き声が自分から出るのだと
初めてわかりました

 

胸というより

みぞおちの奥の奥から
腸がひっくり返るかのような悲しみと申し訳なさが出てきて

それは今も
もちろん、日々感じて生きているのですが
まあしんどいです

多分一生、それとともに生きるしかない

 

 

この映画のテーマでもある優生思想というのは
私も中学の時に知っておりました

ナチスがその思想に扇動され、ああいう大虐殺になんとも思わなくなったということも知り
なんだかとても納得したことも覚えています

だから優生思想を調べまくった時期がありました

 

何より自分の中で泣きたくなったのは

『差別される側の中にも優生思想がある』という件の論文を読んだときです

それは昔の論文だったのでうろ覚えではあるし
今もその見解でいいのか分からないですが
それは確かに私も目撃したことのある場面でした

それは

障害者の人たちも『憧れ』的なものがあって
それは『おしゃれをしたい』とか『人に褒められる存在になりたい』とか
『アイドルになりたい』などの目標があり

障害者自身も『いい暮らしがしたい』『いい人と住みたい』など

上を目指す感覚がある

ということ

 

ある障害者にものすごく好かれてしまった私は
抱きつかれたり
『結婚してくれ』といつも言われていたことがありました

気が遠くなるような感覚と

この人たちにも、誰かを好きになる感覚はあってそれを躊躇いもなく表現してくる

小さかった私にとって
それはすごく恐怖でもあり

優生思想の根本は『より良いものを目指す』というシンプルなものだが

それは誰の心の中にもある

その『より良いもの』を目指しすぎて暴走すると
排他的になり潔癖になる

要はバランスが大事なのだけれども

誰かから『良いもの』として誰かに認められたいとか
そういうことも実は繋がっていると知り

人間として生まれた以上
『上を目指す』とか『人より秀でたい』とかの到達点に至ることが恐ろしくて

そうそうに離脱したのだけれども

 

周りを見ると
『幸せを追い求める』こと自体が是とされているが

でも実際の裏の世界の

『幸せを奪い合う餓鬼の世界』にしか見えなくなってしまい

だから
何かを目指すということが出来なくなってしまいました

 

裏の世界が見えるようになり
優生思想の恐怖に取り憑かれた中学生の頃の私は
おかしくなり

読み漁る本も次第に

人の闇だとか、暗部だとか、喰いあう話だとかの
グロイものを読むようになりました

日本の昔話を読んで、『ああ昔から人間はこうだったんんだ』と一抹の安心感を覚えたり

(欲張り婆さんの話や、家のために結婚させられたりの話、うら悲しく気が滅入る話)

 

もちろん、進路を決めるときも
キラキラした職業は望めませんでした

どうかひっそりと一枚の絵が売れて
それで慎ましやかに生きていければこんなに嬉しいことはない

と誰にも望まれずに
誰も望ますに
最低限の暮らしの担保としての絵がかければいいと望んでいましたから

大学行けとか
本当にわからなくて
そのわからないまま高校を卒業しても数年、絵を描いたりして過ごしておりました

 

家にはいられなかったから

いつも放浪して、

 

そんな折りに前の夫に出会い
子供ができたときに

また、封印した、あのときの感覚が蘇ってきました

 

懐かしい、あの恐怖感はお馴染みのもので
私に問いかけてきました

『出生前診断、する?』

ほんとうに、この存在からの
私への問いかけは、まるでマーラ(悪魔)のようでした

もし病気だとわかったら

完璧に堕すだろうと、私は自分のことをそう思っていました

だから
あえて検査をしませんでした

 

私は昔から知らずして
量子力学の『シュレンディンガーの猫』理論を大いに取り入れていて生きていたから

この検査を選べるという時点で
観測できる『結果』は無数にあり

だからこそ、今のこの『観測地点』での行いを
自分が納得できるようにしようと思い

自分があれこれ心配して
苦労しないように手をくだして未来を暫定的に限定することより

全てを『神に委ねてみよう』と思い
検査をしませんでした

 

アインシュタインは『神はサイコロをふらない』と言いましたが

私はサイコロをふる神がどんな目を出そうと、

それに従うしかないと思っておりました

 

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話は映画に戻るけれども

私が小さな頃から思っていた言葉と全く同じ言葉を
劇中の主人公が叫んだということが、とても感動しました

それは問いかけのことばでしたが

とても嬉しかった

あのことばは
一緒に苦しみを背負うことが出来るのか?という問いを
内包することばでありました

何十年後の映画のなかで
その言葉を聞くとは思わなかった

 

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今年は人間の暗部ともいうべきものが
どんどん表面化しているような気がします

ジャニーズやら、暴力性やら、差別やら、宗教の搾取やら、洗脳やら。

 

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