宇宙の旅へ 行こう

『2001年 宇宙の旅』を
スーパーバイズから勧められて

よし!観てみようと思って
観てみたら

『未知との遭遇』だった

間違えた

いつになったら 旅が始まるんだと
ワクワクしていたら

旅に出る前の
未知と出逢ったとこで 終わってしまったがな 笑

しかし
これ
スピルバーグ氏

素晴らしかったのですよ

何がって
無意識からの 抗えない感覚に
映画内で 主人公が翻弄されるのだが

それが 秀逸

主人公も 何がしたいのか わからないのだが

何か 懐かしい感覚なのか
突き動かされるように それを追い求め

ああでも無い
こうでも無い

と 家族が離れていったにも関わらず

熱に浮かされたように
頭の中の 何かを 表現しようとする姿

…まさに 無意識からの ちから を
あらわしているなぁと

うなづきながら観ておりました

 

こんな感覚なのです

無意識からの ちから ってのは
いざ
『こうなる』と無意識が 成りましたら

抗えないのですよ

 

これは 経験済み

周りが 不幸そうになろうが
自分が薄情者になろうが

もう 走り出したら 止まらんのです

私の家族は

私が カウンセラーになったことにより
私が どんどん 家族から離れていったのを
当初は 責めておりました

私は 肩身も狭く

ああ 家族も崩壊するんかな とも
思っておりましたが

でも もう止まらなかった

無意識は 次から次へと
カウンセラーとして
沢山の人に出会わせ 学ばせ

そして
ついに 私に 覚悟をつけさせました

一生 やっていく覚悟を

それは 本当に辛かったし 怖かった

やりたいこと、やれていいじゃんとか
言われますが

そんな 生温い達成感は 無かったです

道のりは
酷く 打ちひしがれたものでありました

家族も失いかけ

あったのは
無意識からの 強いちから  と  星がひとつ

私はそこで 思ったことは

死ぬときに
『やりきった』と思いたい

その思考すら スパルタ無意識からの ちから
なんでしょうが

なにを やりきりたいかって
戦いたいのでしょうね

 

怠惰 や 憎悪 や 憎しみ や 執着

を生み出すものを 人の中から 退治する

そして その方自身の
創造性と ちからを 取り戻す仕事

恐らく わたし自身が
小さな頃からの 怒りや 哀しみや やりきれなさを

原動力にして やる仕事なのでしょう

 

果たして この
仕事をするために 支配者の母から産まれたのか

支配者の母から産まれたから この仕事をしているのか

それは
卵が先か ニワトリが先か のように

宇宙の 全くの中心しか わかり得ぬことなのでしょうが

もちろん この仕事は 私だけでは成り立たず

沢山の方々に 助けていただいて
出来ている仕事でありますが

ぽつり ぽつり と

日本の あちらこちらで
ゴーストバスターズ的な 仲間が
出来てきていて

なにか 大きな
無意識からの ちから を感じるのです

 

ちなみに
『2001年 宇宙の旅』も素晴らしく

巨匠キューブリック

台詞がほとんど無く
クラシック音楽が流れる映画であり

映像が古びていたら
速攻 飽きたであろうに

今観ても ある リアリティ感

聞けば キューブリックは
映像にとてもこだわり

あまりのしつこさと 時間の掛かり方に
スタッフは逃げ出す人が続出だったらしい

だからこそ
2019年の今でも 普通に魅入ってしまう
キューブリックの世界観は

無意識を映像化したものだと

映画嫌いな私でさえ
クラクラするような 空間が
そこには広がっておりました

 

さて そして この映画には
私たちが 日々 カウンセリングで見ている
ものが 出て来たりします

まさに 『HAL』の目なんて
邪悪 そのものだったり

ワープするところとか
よく 見たりします

『本物に触れろ 』と よく
幼児教育とかで 目にするフレーズは

もしかしたら
『無意識に触れて でてきた創造性に
よって 在る芸術に触れると
無意識に繋がりやすくなる』

って事かもしれません

 

乙原