根っこの瞑想

頭が重い
自分が何を考えているかわからない・・といった感覚をお持ちの方は

思考の場が
頭より上、少し浮いた状態になっている方が多いようにお見受けします。

まるで風船(思考の場)が
少し頭から離れて浮いているような状態です。

なのでカウンセリングという場において
なるべく風船を頭の位置と一致させるということを
エネルギー的な介入でしていきますが

この風船は、どうしてできてしまったかというと
『現実世界で感じたくないことが多すぎるから』という理由がほとんどです。

早く、早くと急かされて

正しく
間違わないようにと見張られて

ちゃんとしなさい しっかりしなさい
迷惑かけてはいけません という世界の中にいると

自分のことを、コントロールしなくてはいけない感覚に陥り

『感じるより、管理する』という世界に移行します。

なので
カウンセリングにいらっしゃる方の主訴をお聞きすると

楽になりたい= もっと上手く自分を管理できるようになりたい という
主訴になってしまっていて

まるで自分を『道具』のようにしなくてはならない
・・・だからカウンセリングで『もっといい道具にして』という主訴が
出てきがちなのです

しかしそれでは
もっと『自分自身』と離れてしまうことになる

と、カウンセラーは危惧します。

感じないで、ただこなせるようになりたい、というクライエント様の声は
本当に悲しく辛く聞こえるものです

かといって、
その方自身のその声を無視するわけではなりません

その声自体も大切なものです

なので、どちらにもいい『手当て』として
私は瞑想をお勧めすることが多いです

瞑想は、何種類もやり方があります

真言密教は『阿字観』という瞑想のやりかたが主流です

また『ビバッサーナ瞑想』も有名です

どれも素晴らしい瞑想ですが
少しコツが必要なのと、

瞑想は敷居が高いと思われてしまいがちで
ただでさえ、瞑想苦手な人には一人でするには混乱してしまうので

簡単な瞑想法としていいのは『木の瞑想』『根の瞑想』です

お釈迦さまが菩提樹の下で悟りを開かれたと、良く聞きますが
この菩提樹の下・・というのも

あながち何かしらのメタファーを含んでいるような気がしてなりません

そして
私的には、普段どこでも目にする『木』なので
イメージしやすい というところが
入り口となってもらえたらいいなと思っています

やり方は
こんな感じ
『ひたすらに根を生やしていく』という

『下へ』『下へ』の瞑想です。 

根っこは好きなイメージでOKです
この図は矢印にしましたが
実際の根っこをイメージしてもいいですし

水をイメージしてもいいです 
とにかく『下へ』『地中へ』『地球の中心へ』というイメージ。

その瞑想の最中に
『自分の思考』に気がつけたら最高です

思考は最初は『ボワッ』と煙のように膨張して出てくるような感覚だと思います

まとわりつき、離れにくい
・・だけどそのボワッとした煙のようなものを
ただそれが出てきたなあと、煙の中にいてもケムに巻かれない

だた根を生やしていくことに集中していくと

思考というものが、どういうものなのか・・ということが
体感としてわかりはじめます

本当に最初は煙のようなものに感じられますが
そのうち、桃みたいな、少し硬めのものとしてポロポロ出てくるようになったらしめたものです。

『出てくるなあ』と思ったら
そのまま
川に流してしまうこともかなりいいと思います

私はもう、そのまま根っこと共に川に流します

桃を拾って齧ってしまうこともありますが
『おおっと、桃は拾わない』となんとなーくぼんやりと
気がついて、齧りかけた桃をそのまま川に流します

そんなことをしていると
三日もすれば
少し瞑想というものの敷居が低く、
そして結構、身体が安定してくるということに気がつくと思います

身体の安定とは呼吸の安定でもありますが
頭の暴走が自然とおさまってくるというメリットがあります。

とにかく下へ、下へ 
腹から下へ 

『高次の次元とつながる』なんてことは最初からは無理です
そういったものと繋がるには
『通路』必要で
それはおそらく『クラインのつぼ』的な形状をしていると思っています

そんな次元、そもそもあるのか?ということもありますが
最初から体内と通さずに、手っ取り早く浮こうとすると
変なところにつながりがちです(他人の風船と繋がってしまったりすることもある)

かの有名な白隠禅師も
禅をしすぎて『禅病』というのになりかけました
(重度の神経症と自律神経失調症のようなものです)

その時に山の中にすむ仙人(白幽子)から
『内観』(体の中を感じる)方法を
実践したところ、そこから今の白隠禅師が誕生したと言われています