
私は母が新興宗教をしていた影響もあって
宗教にはかなりの警戒心があります
スローガン的なものとか
またそこで信じられている神が、どんな神なのか
など、かなり興味がありました
・・もちろん警戒しているからこその
『敵を知らなければならない』みたいなものでした
また小さい頃は、強制的に『ブッダ』の伝記なども読まされていたので
そことの教えなどの違いや
自分が感じていることなどを
ものすごく観察していました
おおよそ、『勝つ』などの競争に持ち込む場を
創っている神は
私の好みではないなと
早くから気がついていたので
ブッダの生き方は、とても性に合っていました
またブッダ自身が
裕福な(いわゆる王子)家に生まれて
しかし、城の外に出ると
自分とは違い、食べ物さえ無い状況などを見て
『どうして自分と違うのだろう』という問いを持ったところからの
その問いに答えを探すべく
家族を捨て
妻を捨て
子供を捨て
身ひとつになって、探求するという姿は面白いと感じていました
ブッダの教えで私が好きなものは
『信仰を捨てよ』です
特定の教えや権威を盲信をやめ
自分をただ『観察』せよ
『観察』の先に真理がある
という教えです
つまり、他者の言葉や教義
また自分勝手な思い込み、こだわりを捨て続けよ
ということになります
私は、とにかくこれが好きなのです
自分が自分と思っていることですら
もしかしたら、違うのかもしれない
という自分への観察は、とても面白い体験をします
『私って、こういう人間だから』とか
『私って可哀想』
『私はこうあるべき』
みたいなものは
『自分はこうである』という自分へのイメージからの
自分への攻撃と執着の時があります
ポイントは
『自分って・・』みたいな感覚が出てきたときに
『いまの思考はどこから出てきたのか』と
自分の中に深く潜っていくことが
『思い込み』などに出会うポイントです
面白いなあと思うのが
自分・・自分・・自分・・
なんでこう思うのか・・
どこで自分を感じているのか・・と
まるで深海に潜るような感覚になるのですが
ある一定のところまでいくと
今度は浮くのです
自分が、自分を縛っていたものに気がつくと
そこのロープというか
紐が緩むといえばわかりやすいでしょうか
そこが解けると
今度は浮上します
ものすごく浮上して
浮上して
今度は、自分というものが、『無い』みたいな
空気の一つになるというか
光の粒子の一つになるというか
風と同化するというか
それが
人間同士での一体感とは違う
生かされているし
自分も『生』の一部なのだ
みたいな感覚になるというか
それを繰り返していると
以前から私がよくブログで書いている
禅の先生から言われた
『人間は泳がないと沈むと思い込んで一生懸命足をずっと休むことなくバタバタさせるけど
泳ぐことをやめると
実は浮かんでいるんだ 浮かべるんだ ということがわかる』
という感覚になってきます
また
私がとても好みであるラカンの精神分析での構造と
ブッダの説いていたものは
似ているところがあるなと感じるのです
フロイトは思考や意識の流れと仕組みを解き明かした人で
ユングは無意識の奥まで潜った人です
まるでフロイトは地上
ユングは海を見ていた人たちのようだと感じるのですが
ラカンは弟子という立場からも
そこからもう少し進んで
地上と海はどういう構造なのか
という地球規模での構造を見ていた人でした
ラカンを学んでいると
重力は人間の精神にこういう影響を及ぼして
浮力は、こう
水中はこう
人間の言葉は、こう
みたいな
ダイナミックで壮大な舞台裏を見せてくれているような気がするのです
まるで
ディズニーランドの舞台裏を解き明かしてくれているような
そんな気分です
それが非常にブッダと親和性があるというか
見える所と
見えない所
そして骨組み、舞台裏というものが
見えてくるなと感じるのです
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さて、カウンセリングですが
本来の目的はクライエント様の主訴にあります
『眠れない』『不安が強い』『声が聞こえる』
『依存症がやめられない』『怒りが止まらない』
など
多岐に渡ります
それが舞台上での、スポットライトが当たる部分です
もちろんスポットライトを当てないようにとか
または舞台の設定を変えるなどの処置が有効な場合もあって
それが合った人は
それだけで回復されて行きます
割と簡単です
そしてかなり早い、数回でのカウンセリングの段階で終了します
が、
問題なのは
舞台裏で、配線が混線しているとか
土台が曲がっているとか
そもそも舞台ではないところを舞台にしようとしているとか
または他人の舞台を見て
自分の舞台に気がついていないとか
そういった方々のカウンセリングです
その場合は、舞台裏の骨組みから
まずはチェックをします
誰かに舞台裏に入り込まれている場合もかなりあります
・・・舞台裏で
主人公を操り人形にしてしまうのがお好みの人もいらっしゃいますからね(怖
そのような黒子的な人が舞台裏に潜んでいたら
いろいろな方法を使って
その黒子さんに出て行ってもらいます
カウンセリングでの
舞台裏では、割と熾烈な戦いがなされていることがあるのですよ
また舞台裏に追いやられてしまった
本当は舞台に出るはずだった、方々を呼び戻すこともしております
昨日も、その処置を受けられたクライエント様、いらっしゃいましたね☺️
しかも
舞台に上がる前に、衣装チェンジをされて
そしたら、今まで舞台に上がれなかったのが
舞台に少しずつ出てこられました
本当にそれをみると感動します
そのように
『仕組み』を、その方の本来の骨組みにしていくと
今まで『富めること』『認められること』の舞台で勝負しようと
されてきた方達が
自分の舞台に、花を飾り、手入れをして
自分の舞台を愛するようになっていきます
また、自分で自分の舞台裏まで見れるように
カウンセリングではして行くので
舞台への侵入者がいたら、阻止できるまでになっていくということ
ができるようになります
話が戻るのですが
私が、どうしてこういう舞台裏に惹かれてしまうのか・・というと
おそらくそれは
表舞台だけでは説明がつかないものを多く見てきたらなのだと思います
それは
差別とかいじめとか、優生思想とか
そういうものが、最初は言葉では知らなかったけれども
眼差しや
振る舞いで、多く見せられてきました
なので舞台で、美しいセリフをいう人の言葉を信じられなくなり
どちらかというと
目の使い方
言葉のチョイス
間の取り方
呼吸の仕方
立ち振る舞いなど
身体的なものを見続けてきた結果
もしかして『舞台裏』があるのかもしれぬ
と
裏口の扉を開けたのだと思うのです
そこはとても混沌として
最初は恐ろしい場所でしたが
そこにかつて潜って行った先人たちは
しっかり地図を残してくれていました
それがブッダだったり、フロイトだったりユングだったり
ラカンだったりした、ということです
彼らは、私からしたら治療者ではなく『観察者』です
舞台裏のご興味があれば
カウンセリングで取り扱います
しかし、舞台裏はその人のとても個人的な大切な場所でもあります
なのでカウンセリングでの双方の合意がない限り
私は裏口から入りません
また黒子な方もいらっしゃいます
興味深いことに、
黒子さんなのだけど
期せずして黒子になってしまったという方もいらっしゃるのです
自分の舞台だからと思い込んでいたら
他者の舞台じゃあないかい!
と気がつかれて
すぐに自分の舞台に戻られていくこともあります
舞台は横並びの世界で
地上の世界だけれども
舞台の骨組みは地下、もしくは海に土台を持っている方もいる
また空に向かって行きたい方は
おそらくですが
深海に潜って、潜って
そうすると通路があるのですかね
いつしか『空』だ となるのが
人間の精神構造の面白いところです
私は猫と共に暮らしているのですが
猫もそんな精神構造があるのかしらんと
いま、観察しています
今の所、私よりもずっと、空にいそう!
そして、自然と一体化してそう!と
猫をみると、ワクワクしてしまいます
そういえば『犬は悟っているか』という禅問答、ありましたね
では







