昔々あるところの物語 

 

 

しばらく、
この話を書くのを控えていました

けれども、書かなければ私自身が苦しくなる

まるで「王様の耳はロバの耳!」と穴に向かって叫びたいような

……いや、「かもしれないよ」と、小さく呟くくらいの気持ちでしょうか

 

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それは『過去生のトラウマ』についてです

最初にお伝えしておきたいことがあります

私は、過去生を客観的事実として証明したいわけではありません

現在の科学で証明できるものでもありませんし、
「そんなものは存在しない」と言われれば

私自身も、そう思う。

 

 

ただ、カウンセリングを続ける中で
現在の生育歴や既知の心理学だけでは説明しきれない現象に、何度も出会ってきました

私は
その現象を理解するための一つの仮説として
「過去生」という言葉を使っています

そして正直に言えば、私はこの仮説を、
自分の中から完全に捨て去ることができないのです

 

 

私のカウンセリングを受けてくださっている方の中には、
『赤いトラウマ』という介入をご存じの方もいらっしゃると思います

あるいは『トマトのトラウマ』という名前で行ったこともあります

名前は違いますが、私の中では同じ現象を指しています

この介入の中で、ある方々は、
自分でも何が起きているのかわからないまま

介入後、さまざまな映像を話してくださいます

その内容には、
私が驚くほど共通した主題が現れることがあります

それは壮大な叙事詩のようでもあり
古代史のようでもあり
故郷を失う悲しみのような

どこかノアの方舟を彷彿とするような、物哀しく
壮大な歴史物のような物語です

私は毎回、皆様が細部に渡って
同じような風景や出来事など、共通したテーマをおっしゃるので
鳥肌が立ちます

けれども私は
それを「歴史上、本当にあった出来事」だと断定したいわけではありません

私には、その方の心が語る、
とても深く眠っていた物語を開けたかのようにも感じられるのです

 

このことをAIに相談すると、

『その方向には進むべきではない』

と、強くそう返ってきます

そのたびに、
『そうだよな』

と思う自分がいます

証明できないものを扱う危うさは、
私自身が一番よく知っています

それでもなお

『では、この目の前で起きていることは、一体何なのだろう』
という問いが消えないのです

 

実際に、介入をきっかけに、

『漠然としていた不安が変わった』

『生き方が変わった』

『自然の中で暮らしたいと思うようになった』
と話されて、生活を変えた方も多くいらっしゃいます

もちろん、それがこの介入だけによる変化だとは言えません

人は、
さまざまな出会いや時間の積み重ねの中で変化していくものだからです

それでも私は、
この現象に何度も立ち会うたび、不思議さを感じずにはいられません

 

 

実は、この目に見えない分野を最も強く指導してくれたのは
私のスーパーバイザーでした

しかし私は長い間、その指導に抵抗して

『やりたくない』と言い続けてきました

母が新興宗教に深く傾倒していたこともあり

『見えないもの』を

『自分だけが知っている真実』のように扱うことへの恐怖と抵抗が
私の中には強くあります

救済者には、絶対になりたくない

だからこそ私は、
このテーマが自分にとって、いいものなのか、今でも迷い続け
そして抱えて苦しくなるのです

 

 

私自身は現在
大学病院で解離についての治療も受けています

ある先生は、
昔はこうした領域に関心を持ち、かつて
臨床の中で治療していた時期があったと話してくださいました

もちろん、
それが現在の精神医学で共有されている考え方ではありません

それでも私は『説明しきれない現象について考え続けてきた臨床家は、
決して一人ではなかったのだ』と感じました

そして、そのような先生は
皆、悩んで道を決めていかれた

 

この感覚は、DID(解離性同一性障害)の方々と関わっていても、たびたび思います

私には、
時間や空間の感覚が揺らぐように感じられる場面があります

ある場面では、
私自身も、周囲にいた人も、強い眠気や朦朧感を体験しました

その理由が何なのか、私は知りません

私はそれを「スイッチポイント」と呼んでいますが、それもまた一つの仮説に過ぎません

赤いトラウマだけではありません

ある方々は、
過去生の介入の後に夢を見たと多くおっしゃいました

そこには、『白い人と黒い人が戦う世界』がありました

白い人は武器を持たず、
それでも誰かを守ろうとして倒れていく

その方は、

「最初は白い人がたくさんいたのに、白い人は武器がないからバタバタと倒れ
最後には黒い人ばかりになっていた。」

そう話してくださいました。

私はその夢を聞きながら、不思議な既視感を覚えました

それは私自身の解釈ですが、

シュールレアリスムの作品、
とりわけエドガー・エンデの絵を見たときに感じる世界と
どこか響き合うものがあったのです

また
面白いことに、私は自分では「赤いトラウマ」には何も反応しませんでした

一方で、親友はまったく違いました

介入の最中に涙を流し、本人も知らない言葉を口にし始めました

あとで本人は、
「あれは当時の夫の名前だったのかもしれない」と話していました

それが事実かどうかは、私にはわかりません

私は今でも、一つの解釈として受け止めています

ただ、その後の親友は家を建て、
家族と穏やかに暮らし始め、以前よりもよく笑うようになりました。

私は、その変化を今でも忘れられません

そして、不思議なことに、私自身には「白い人と黒い人」のテーマがあるらしいのです

先生、早く介入して・・!

そう思いながら、まだ順番は回ってきません 笑

十年間
本当に必死に働いてきました。

心も身体も削りながら、この仕事を続けてきました

最近になって、なぜか周囲から
『死なないで』
と言われることが増えました

「いや、死なないけど!」

と笑って返しながらも

私は今、人生の分岐点に立っているような気がしています

『できることと、できないこと』

それを選び始める時期なのだろうと思います

けれど、一つだけ決まっていることがあります

私は、救済者にはなりたくない

私だって、生きたい

生きてみたい

だからこれからも、説明できないものについて考え続けると思うのです

私自身も、これが答えとも思ってはいません

私にできるのは、

『私はこんな現象に出会った』
『私はこう考えている』
『こう、悩んでいる』

そして

『わからないことは、わからない』

と、正直に語ること

そして
苦しみの箱があったら
それを、優しく丁寧に開けて手当をすること

そこはその方の生命の光が入っている場所だからです

人生は、本当に何が起きるかわかりません

少しずつ
綴られていた本の、次の頁が開いてきている

そんな気がしているのです

だからこそ、今日も私は誰かの物語を大切に読んでいきたいと思っています