
創作とトラウマは一見すると結びつかないものに見えるかもしれないが臨床的に見ていると
この二つは非常に深いところでつながっていると感じます
クライエント様も、日々のことなどを
文章ではなく
絵や、音楽、詩などに合わられる余白で伝えてこられることが多いのです
むしろ創作という行為そのものが
トラウマと無関係に成立していることの方が少ないような気がする
・・と言ってもいいかもしれないなとまで感じています
ただしここで言うトラウマとは単に過去のつらい出来事という意味ではありません
ここで扱うのは
言葉にできなかったもの
象徴化されなかったもの
です
人は出来事を言葉にすることでそれを理解し
自分の中に位置づけていくがある種の体験はその枠に収まりません
強すぎる感情
侵入的な関係
意味づけられない出来事
こうしたものは言葉の外に残るものです
これがトラウマの核です
そしてこの言葉の外に残ったものは消えるわけではないのです
むしろ別の形で主体に影響し続ける
例えば理由はわからないがある場面で急に不安になるとか
特定の状況で身体が固まるとかあるいは何も感じない時間が続く
これらはすべて言葉にできなかったものの痕跡です
ここで創作が関わってくるのです
創作とは何かーーー
それは単に何かを作ることではなく
言葉にできなかったものに形を与える試み
かなと考えています
例えば説明できない違和感があるとします
それをそのまま説明することは難しい
しかしそれを
色として
線として
物語として
外に出すことはできる
このとき人は直接トラウマを語っているわけではない
しかしその周辺に触れている
ここに創作とトラウマの接点があると考えるのです
ある有名な画家は
ずっと少女の怒った顔を描き続けています
その顔は、何枚も何千枚も描き続けられ
そしてある時、その画家は
『やっと会えた』と 一枚の少女の絵を描き上げます
はたから見たら
同じ少女の絵と感じるものですが
微細な、繊細な、
目線
表情
奥行き
雰囲気
空気感 などが やっと
『思っていたものと合致して現実の世界に現れる』
トラウマは現実界(身体)に属します
現実界とは意味づけできないもの
言葉に収まらないものの領域であり
身体はその『感覚だけの記憶(言葉がつかない記憶)』を
保持し続けます
そこに直接触れると、主体はしばしば混乱する
解離が起きるのはそのためです
では創作は何をしているのか
創作はその現実界を直接扱うのではなく
象徴界と想像界を使って『言葉にできないもの』の周囲をなぞる
つまり
直接触れないまま、『言葉にできないもの』の輪郭を作る
この動きがあるものです
例えばある人が強い恐怖体験をしていたとしますが
それをそのまま語ることはできない
しかし暗い色ばかり使った絵を描くとか閉じ込められる物語を書くとか
そういった形で表現することはできる
これはトラウマそのものではないがその周囲に触れている
ここに創作の重要な機能があ流のです
ただしここには両義性があるということも忘れてはいけないと思います
創作はトラウマに近づく回路であると同時に防御にもなる
つまり
触れることもできるし
避け続けることもできる
例えば非常に洗練された作品を作っているがその人自身はまったく感情に触れていないということもある
逆に断片的で不器用な表現だがそこに強く何かが宿っている場合もある
この違いは
『主体がどこにいるか』
で決まります
もう一つ重要なのが創作の直前に起きる抵抗です
あなたが体験した
作ろうとした瞬間に
やっても無駄
死にたい
だるい
といった反応が出る
これは偶然ではありません
クライエント様も、創造に近づくと
必ずと言っていいほどこの抵抗が出ます
創作がトラウマに近づく回路である以上
無意識はそこに強いブレーキをかけるのです
なぜならそこに触れることは主体にとって危険だからです
このとき、脳内に出てくる言葉はしばしば極端であることも
特徴の一つです
無駄
意味がない
やめろ
死にたい
しかしこれは創作そのものを否定しているのではなく
これ以上近づくな
という信号です
つまり見方を変えると
『創作の入り口に立っているサインでもある』
では創作は治療になるのか
ここは慎重に扱う必要があるかなと思っています
創作は確かにトラウマに触れる回路を持っている
しかしそれは必ずしも癒しになるとは限らないのが難しいところです
無理に深いものに触れようとするとかえって
解離が強くなったり不安が増したりすることもあります
重要なのは距離かなと思っています
『言葉にできないもの』との安全な距離が保たれていること
つまり
近すぎず遠すぎず
の位置で扱うこと
具体的には
小さく
断片的に
意味を急がず
表現すること
これによって主体は安全にその周辺を扱うことができる
創作とトラウマが近いのは
どちらも
言葉にできなかったものの周辺にあるからです
そして
解離はそこから距離を取る運動であり
創作はそこに輪郭を与える運動である
この二つは対立するものではなく
同じ構造の中にある異なる動きであると考えます
刺激を受ける
作ろうとする
止める声が出る
身体がだるくなる
この一連の流れは
トラウマと創作が交差する非常に核心的なポイントに触れている
ここはしんどさも伴うが同時に
主体の深い層が動いている場所でもあると思っています
どうしたら良いかというアプローチは
人それぞれに
『なにのまなざし』に引っ掛かっているかを明らかにして
そのまなざしから
位置をずらしていくことをしていきます








