子供たちの遊び

なんか変だなと思ったのは
高校生になった頃くらいからだった

『遊ぶ?』と誘われて 『うん』と答える

それはいい
そのやりとりは昔から変わらない

けどもその内容と言うか

『遊び』の遊び方が
どうやら大人になると、お金がかかるらしいと気づいたのはその頃で

遊ぶと言ったら
『ボーリング』とか『カラオケ』とか『ゲーセン』とか
とかく
お金をかけないと私たちの遊び場は無いらしくって

なんだか物凄くつまらなかったのだ

 

私は鬼ごっこが好きで
走るのも好きで
絵を描くのも好きで
花を摘んで輪っかにしたりするのも好きで

石を拾うのも好きで
水たまりに長靴で入るのも好きで

木登りも好きで

そういった遊びをすることは
いつの間にか幕を閉じてしまったのだ

 

そんなこんなで大人の遊びにはお金がかかるからと

遊ぶ金欲しさに街へ繰り出して
おじさんにお金をせびって

遊ぶために『搾取の輪』に加わったのもその頃

いつの間にか
『いかにお金を稼ぐか』みたいなこともゲーム化してお遊びになったけど

私は全然笑えなかった

なんだか物凄く自分の中が真っ黒な空洞になっていく感覚がして

顔は笑っているのだけれども
内部は徐々に空っぽになっていくのを感じていました

ちっとも楽しく無い

けど周りは笑っているし
これが『楽しいのだろう』と学習して
笑ってみたけれども

本当につまらなかったのだ

いかに飲み会で沢山コールを知っているか、とかも

笑ってみてはいたけれども
全然面白くなかった

 

結婚してからも、遊びのお誘いは来ても
それは飲み会で

どうやら
ご飯食べるという行為は『遊び』に入るのだ・・と学習した

まあ美味しい食べ物が食べられるからと思うのだけれども

家で1人で食べるラーメンとかの方が
静かだしよっぽど味がするので

『外のご飯を食べる』ということは私の中では
結構レベルの高い『遊び』になった

 

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『全然楽しいことが無いんです』と言うクライアントさんは多い

『何してても楽しくないんです』と言う

 

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私もいつから本当に遊べなくなったかなと思う

遊ぶと言ったらデ○ニーとかではなく

普段から
鼻歌歌うとかのご機嫌ささえ無くなってしまった

いつも不機嫌でダンマリして、イライラしている

どうにも足らないのは
やはり遊びなのだと気づいたのが去年のこと

そこから一気に私は
真面目を捨てたのだ

つまらないものを、つまらないと言うようにして
徹底的に切り捨てたのだ

それが世の中では評価されることでも
私の中では面白く無いから捨てたのだ

 

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そうしたら
何故だか、これも流れなのだかわからないのだけれども
私は遊ぶことが増えてきた

浜辺にひとりで行ったり

花を摘みに行ったり

空を眺めたり

絵を描いたり

猫を撫でたり

紙を収集したり

かわいい紐を編んだり

好きな雑誌を切ったり

自転車でどこまでも走ったり

創作料理を作ったり
実験したり

好きなだけ本を読んだりした

読みたく無い本は、途中でほっぽらかしたりもした

そんなことが自分の中で増えてきて
そして自分を満たしていくものになってきたのだ

素朴でささやかな遊びは
かつての幼かった自分が好んでしていたもので

それは大人になったと思われる今でも
やはり私を満たすものなのだ

 

そうしたら
とうとう起きた

私の中の眠っていた子が起きたのだ

目をパチクリさせて
彼女は真っ先に走って
そこにあった可愛いノートをめくり出してずっと眺めていた

そしてそのあと
また走り出して
本を手当たり次第にパラパラめくって
好きなページを頬杖ついて、眺め出した

遊びから、次の遊びへと

いつも彼女は走る

落ち着き無いというか、エネルギーのある子なのだ

あれをしたいとか
これをしたいとか
考えるより

ただ走って手当たり次第な子を眺めるうちに

ああ、私、こんなだったなあと思い出す

あれをしようとか考えずに
全てが興味があることで
つまらなかったら捨ててしまって

それが自分の本質の一部だったなあと思い出すのです

   

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