魂の方向性

本日
(確かこの文章は3日前くらいに書き出したのだけど)
カウンセリングで何人かのクライアントさまから聞いた言葉

『うんざり』

実は、度肝を抜くくらい驚いていました

あんまり一日の中で
そんなに頻発して聴く言葉ではないですし

正直言うと、
最近の自分のトラウマの中・・つまり幼少期に切り離してしまった感覚の言葉が

『もう、うんざり』
・・と言っていたので 

どこもかしこも『うんざり祭り』になってるわ!!!
とびっくりしたのであります

そもそも『うんざり』を広辞苑で引くと

『物事に飽き果てて嫌になるさま。げんなり』と記してあります

同じ状態が続いたり、繰り返し行われたりすることで飽き飽きする
退屈で嫌になること・・

『負のループ』にハマっていると言う状態でしょうか

この動きがご本人にとっては苦痛や溜息をつきたくなるのでしょうね

さて、この『うんざり』の感覚は
カウンセリングでクライアント様から
出てきた場合非常に重要な局面に差し掛かっているとみます

万策尽きた・・・!
と言う状態にあり
でもそこから抜け出したいと言う意思は持っていらっしゃる

そこでカウンセリングでは
この『うんざり感』に焦点を当てて、それを動かしていく処置を行います

大抵の『うんざり』のもとは
『他人からのしつこい干渉』が原因だったりします

他人が、ご本人に『コントロール欲求』をぶつけていらっしゃるのです

なのでその他人との距離を空けるべく
処置と介入を行うのですが

介入中にふと見てみると、

『うんざり・・』と言いながら
めちゃくちゃ手を握りあっているじゃないか!
(ズコー)
みたいな状況が見えちゃったりします

しかもその手の繋ぎ方は
何というか、我慢比べの握り方というか、痛いのですよ、お互い。

たまに首絞めあっているとかもありますが
うんざりされているご本人様と
首絞められても何ともないという超鈍感様もいらっっしゃり

そんな鈍感様とは戦っても無駄なのですよ

痛みを感じない人に、痛みをいくら与えても何にも感じないのです

でも一生懸命に
『これだけ痛いんだよ、大変でしょ!!』と痛みを理解させようとしたところで
心の構成が違うので 一生分かり合えるわけでもないし

そして、そんな
『わかってくれ!私の痛みを!!』
と理解してくれるように働きかける自分自身に『うんざり』していることに気がつくのです

わかってほしい。。という気持ちは切実です

これだけ痛かったんだ
これだけ苦しかったんだ
これだけ大変だったんだ

と理解されるだけで、おそらく結構色々なことが許せたりする場合は多いです

けど、多く、カウンセリングで見るのは
理解して欲しかった人に理解をされないままの人でした

何かの試練なのか

と皆様泣きながら尋ねられます

そうなのかもしれないな、と思う私もおります

もともと虐待をする人間の間に生まれてきてしまったという運命は
数奇なものが多いのも確かです

そして、何か不可思議なものを帯びている方も多いです

自己実現とか
自己啓発とか人生をコントロールしたいという方向性ではない

いわば『悟り』に近い道を歩まれている方々が多く感じられるのが不思議です

コントロールしたい
支配したい
自分の思い通りにしたい

とかを超えていきたいという魂の方向性が
ぼんやりと光を帯びているようにお見受けします