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スピリチュアルペインとは
スピリチュアルペインという言葉をご存知でしょうか
これは癌の末期ケアの現場で
盛んに言われるようになった言葉です
人は健康な時は死のことなど忘れて暮らしをしていますが
死が迫ってくると
生の意味
生きている目的
過去の自分の行いの悔いや清算
死後の世界への思い
などに思いを馳せるようになってしまい苦悩を持つようになる
この苦悩のことを
いつからか癌末期のお看取りの現場では
スピリチュアルペインと呼ぶようになりました
虐待サバイバーは幼少期からスピリチュアルペインを感じることも多い
これらの苦悩は死が近づいてきた時に
出てきやすい苦悩ですが
幼少期に感じていた・・という方も多い苦悩です
死んだらどうなるんだろう
なんで生きているんだろう
・・と布団にくるまって
夜寝るときに浮かんで来てしまって怖かった・・という記憶が
ある方、多いのではないでしょうか
私たちが根源的に持って生まれた苦悩が
スピリチュアルペインかなと思います
それなりに生活をしていれば
日々の煩雑さで、そのような疑問に没頭もできないでしょうが
『死ぬ』となると
途端に出てくるのがこの苦悩になります
実は日々、感じている苦悩なのかもしれません
けど、あまりにも大きく厳しい苦悩であるために
見ないように
蓋をして生きている方々が多いと思うのです
けど
虐待を受けてきたサバイバーの方々は
この苦悩からの『問い』は身近なものだったりします
親からの安心感が与えられていないが故に
『なんで生まれてきちゃったんだろう・・』
とか
『私なんていない方がいいんだ』
『生まれてきた意味があったのか』
『自分が存在することの意味なんてないんじゃないか』
などなど
スピリチュアルペインに近しい苦悩を
その方から感じたりします
スピリチュアルペインを克服するためには他人の答えではなく、自分の答えを感じなければならない
実はスピリチュアルペインには、ある特徴があります
それは
『自分で答えを感じなければいけないこと』
誰かが教えてくれる訳でもなく
他人の答えで、自分の苦悩が晴れるわけでもない
『死とは何か』
『生とは何か』
『自分が生きた意味とは何か』
を自分自身で掴み取る
逃げ道はない
その答えに辿り着くまでの道筋が苦悩なのでしょうね
虐待のサバイバーの方々は
この苦悩をずっと持ち続けているように思えます
なのでカウンセリングでも
『自分が生まれてきた意味はあったのでしょうか』
『死んだらどうなるんでしょうか』
など
問いが出てきます
スーパーバイザーの先生方が禅や悟りに造詣が深いこともあり
私への教えが
そういったスピリチュアルペインの苦悩に答えるものも多かったので
カウンセリングでは
そういった、聞き齧って教えてもらったことなどをヒントとしてご紹介しています
死んだ後の世界とか
実はゲームの世界みたいらしいですよ 笑
憑いた『モノ(ノケ)』はスピリチュアルペインに答えることができない
さて死ぬとなると
避けても結局対峙することになるというスピリチュアルペイン
自分なりの答えを感じる通過儀礼のような苦悩
この苦悩を人生かけて問い続けている虐待サバイバーの方々は凄みがあります
オーラが違うのです
クライアント様を見ていて
初めにご来所当時は
何かに『まみれて』いるご様子があります
その人のものではないのがくっついてしまっている
憑依と呼んだり
別人格と呼んだりしますが
その『余計なモノ(ノケ)』が
ご本人のふりをして喋ってきたりする
私たちはそれを、引っぺがしたりするのですが
その時に大事な鍵となるのが
スピリチュアルペインだったりします
この苦悩の問いに答えられるのは『本来の自分の感覚』でしかない
モノ(ノケ)は答えられないのです
本来の自分でしか
この苦悩の問いの『解』は持っていない
なのでカウンセリングでは
この苦悩を大切な鍵として使って進めていきます
そして、それぞれの『問い』への答えを自分なりに出した時に
モノ(ノケ)も退散していったりします
思わぬ副産物
そうすると、その後の人生が静かで
安心に満ちた感覚を持てるようになります
いわゆる少し悟っちゃった・・みたいなものかもしれないです
だって
答えは人それぞれですし
その答えこそ、
その人そのものであるので
私は ただそれを眺めて感じるだけなのですが
私の周りにいる答えに触れかけたサバイバーの方々は
皆、静かな目をしています
何かと通じているような目をします
とても静かで
透明な湖の奥底のような目で
そして
どことなく柔らかな光も感じます
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