
こんにちは。連日の高之瀬です。
前回の続きです。
乙原のカウンセリング哲学を踏まえて
私がやったことを振り返る、という話でした。
再度私がやったことを挙げると、
・自宅に盛り塩
・お水取りをしてきて自宅の吉方にそのお水を置く
・神社でご祈祷を受ける
・車椅子を捨てる
・引っ越し
・歯医者で親知らずを抜く
・家の掃除
・鬼出し
です。
まず
・盛り塩
・お水取り
・ご祈祷
は、乙原の説明を受けて、
(霊障的な内容でした。笑)
今までの自分の体験や感覚(スピリチュアル的なものに抵抗はなかった、言われたことと自分の体感や経験に整合性があった)から
『そういうこともありうるかもしれない』
『やってみて何か変化があるなら儲け物』
と思えたので
やるしかないと思って動いていました。
もちろん エネルギー療法をつかい
霊障にアプローチはしていましたが
乙原とスーパーバイザーの先生の言うには
『霊障には 霊障の対抗の仕方がある!』とのことで
(これが本当に霊障に効果があったかどうかはさておき)
全く動けなかった自分が行ったこともなかった神社に足をのばすことができたということは
私にとっては「小さくも大きな一歩」であり、
「大きな変化」であったと今は感じます。
次に、
・車椅子を捨てる
・歯医者で親知らずを抜く
の2つは、
まさに私個人の歴史や体験に基づくものであると言えます。
他の方が「車椅子を捨てる」ということはそもそもありえないでしょう。
が 私にとって
車椅子は 最後の砦でもあり
動けない自分の象徴だったようなもので
また、「親知らずを抜く」ことが他の方の人生を変えるまでの変化をもたらすとも
思えません(もしかしたら似た人はいるかも)。
話は少しズレますが
この2つについて行うことは、
私にとって強い抵抗がありました。
(詳しくは当時を再現したブログを参照ください)
実は、クライアントの『抵抗』をいかに扱うかが
催眠療法家の永遠のテーマでもあります。
(そのために催眠を用いると言っても過言ではないくらい)
そういう意味では
うちの乙原は
このブログにもあるように

と一見直接的な表現を用いているように思われるかもしれません。
しかし、ここで重要なのはここで私が抵抗を感じながらも動いた、確実に動かされたということだと思います。
迫力もあったし
人生において 本当の本当に大事な局面においては
こういう働きかけこそが意味を持つこともあります。
もちろん、
ここまでの強度の刺激は
私と乙原の関係性があってこそのものです。
普段のカウンセリングでは
乙原はもっと穏やかなやり方や現代催眠を用いています。
(乙原の名誉のためではなく、事実です。笑)
また
カウンセリングの大事な局面においてそれなりに強い刺激を入れる必要がある場合は
それまでのラポール・信頼関係の構築をまず築いてから…と
かなり気を遣っています。
信頼関係が構築されていて初めて
このようなことを発信する↔受け取る、というコミュニケーションが成り立つからです。
乙原はよく、
『カウンセリング中のことを覚えていない、全て自分の無意識から出てくるものだ』
『大いなる何か、に身体を使わせている感覚』
と発言しています。
クライアントさまに『真の回復』をもたらすために
乙原から出てきたことは
きっと新しい風を吹かせるはずです。
一見泥臭く見えるようでも、
実はこれが一番エレガントなのかもなあと思う今日この頃です。
そんなわけで、
乙原に言われた私は
『やるしかねえ!!』
と必死の思いで車椅子を捨て、歯を抜きました。
そして そのあと、どんどん不思議に動けるようになって行きました。
以上のように、振り返ってみると、
見事に
私の『できること』がステップアップしていっていることがわかるかと思います。
ここまで乙原のカウンセリングのもとで
私が主体性を持って自らの体験や歴史に沿った
新たな行動を起こしたことについて述べてきました。
何よりもカウンセリングを受ける側の積極的機能が現れると言っても過言ではない
『鬼出し』
についてですが
鬼出しについては改めて記事にしたいと思います。
長かった今回の連載も
次回がラストです!
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今までと同じことやっててもダメなんだよ!
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