郷愁が辛い

母が生まれたばかりの私の娘を眺めて
その新生児の腕をぶらぶらを触りながら

『この、何しても無抵抗な感じはいいわね』と言ったことがある

 

ギョッとして
その時に頭に警報音が鳴り響いた

『その感覚、やばいんじゃないか・・・』と。

 

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私はほとんど、もう母親のことを思い出さないのだが

たまにふとした拍子に
スコンとある風景が落ちてくることがあります

それが、この風景

その落ちてきた時に、何かしらの『答え合わせ』ができるのだけれども

その時はわかりませんでした

なぜあの時に
あの母親の言葉に身が固くなるというか、すくむ感じがしたのかは。

 

母親は無抵抗な存在というものを
こよなく愛していたような気がします

弟はそれこそ無抵抗だったので、よく母に連れまわされて
リハビリだ
介護だ
絵を描かせる

など、それこそ『玩具』のような存在でありました

 

そして母は『玩具』を愛でておりました

言い返さず、抵抗せず・・そんな存在をこよなく愛し、殴っていた母

 

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ある時に、私が結婚してしばらくして実家に訪れると

母親が大事なものを並べている棚に
女の人の上半身のふかふかした不思議な人形が置いてありました

 

なんとなく尋ねてみると

『蚤の市で買ったのよ』という

 

そして続いた言葉は『それ、針刺しなの』だった

 

驚きしかありませんでした

曲がりなりにも人形だから、そりゃあ痛みとかも感じないでしょうが
でも人形を針刺しにするか・・・?

見てるだけで痛いと思ってしまうのは私だけなのか

『今は飾ってあるけど、いずれ針刺しとして使うのよ』と
歌うように言いながら人形を撫でた時のあの母の顔は

なんというか
小さい者を愛でているような、むしろ慈愛に満ちた顔で

でも、やることは『針をこれに刺す』ということで

サイコパスってこういう人を言うのかな・・と思った出来事

 

虐待をされるより
叩かれるより

血の気がひくような感覚になる、この風景の方がフラッシュバックとして
落ちてくることが多い

 

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親がサイコパスというケースは割とよく見かけます

サイコパスというのは一見穏やかそうに見えたり
柔和そうにしていたりもするのに

行動が残虐だったり、容赦なかったりするものなので

子供からみると『一貫性がない』と捉えられてしまい
親の『実態』『本質』が掴みきれないまま行動を共にするので
ひどく混乱した状態で成長することになります

 

ある方は、子供の頃に本屋に行きたいと親にねだったそうです

そうしたら
親は低い声で

『わがままをいう子は地獄に落ちるのよ』と静かに言ったそうな

 

え・・・?本屋に行きたいと言っただけで地獄?

と驚く私に

その方は
『そうなんです、いつも わがままを言ったりすると地獄に落ちると言われるんです』

と言う

 

子供の素直な欲求に対して
『地獄に落ちる』と言い放つと言うことは

それは子供が自分の欲求を罪深く感じてしまうし
それに、そんな罪深いことでもないでしょうが

と言う私に

その方は静かに笑って『でもそう言う母なんです』と言う姿を見て

なんだか
どこか砂漠に置き去りにされたかのような風景が出てきてしまい

さぞお辛いことだったのでは・・と思うのだが

でも、その方の中では
今もなお、その『地獄縛り』が続いているのだとしたら
本当にしんどいだろうとカウンセリングを急ぐのだけれども

 

一方で、私の中の憤りがすごいのだ

クライエント様より、私の方が怒っている

よそのお母様だろうが、なんだろうが
子供にしていいことと 悪いことがあるだろがい😡 と思いながら

せっせと介入をして切り離しをします

 

その時の介入でみた風景や
一緒に感じた感覚は
それこそ押しつぶされるような圧迫感や、焼きこがれる感じ
倦怠感に諦めやらで

これを持って生きているのは、さぞお辛いだろうと
早く楽に呼吸できるようにしたい・・となるのだが

自分の腕の未熟さに叱咤したくなるくらい歯痒さを感じたりもします

 

これは何も母親に限ったことではなく
父親からのケースも多く見られます

一番多いのは『父が性的な目線を娘に向けていること』というケース

これは娘さんは『まさか・・』と思いつつも
どことなく父親に不気味さや怖さやそこ知れぬ何かを感じていて

父親の行動は娘を監視したりとか

着替えを覗かれていたりとか

触り方がなんだかおかしいだとか

『まさか、父がそんなことをするわけがない』と
信じたいのだが

でも疑念を拭いきれない

という『確信にせまれない』もしくは『確信を知りたくない』という
葛藤もあり
娘さんはとても息苦しい圧迫感を感じていたりします

そして、あの時の父親の眼差しだとかが
何度も浮かんできてしまい
消耗していくということが多く見られます

 

どちらにせよ
トラウマというのは完全に忘れているというよりも

その記憶の方から
こちら側にノックしてくると言いますか

何かしらのサインを送ってきたりもしています

そのトラウマ側からのアプローチを受け取るのはしんどいものもありますが

昇華していくと
本当に楽になられる方も多いのです

その時、父親や、母親のことは
忘却の彼方に行ってしまうと言いますか

『あんなこともあったよなあ・・』みたいな感覚で思い出せるようになります

   

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