性的承認なのか 価値なのか

うちにくるクライアント様たちを見ていて痛感するのは
どの方も『自分の価値』を見誤っているところだと思われます

『価値』を上げればいいてものでもない

そもそも『価値』という概念こそ
不確定であやふやなものです

いつからその価値が『確固たるもの』になったんだろう

そりゃあ価値がある方が 
ないよりいいかもしれないね・・とは思うのだけれども

『欲望されること』が『価値』だったとしたら?

欲望されるとは『欲されること』だけれども

『欲される』とは
一体どういうことなのだろう

もし欲されなくなってしまったら?

色々な考え方があるのですが
『他人に欲望される』ことに重きを置いていると振り回されます

特にうちは女性が多いので
出てくる話題が
『どこに行ったらパートナーに出会えるのか』というところだが

これは『場所』ではなく
『仕上がったら出会う』というような仕組みになっているんじゃないかと思うのだ

何かが、その人の中で仕上がったら
出会うように緻密に準備されていることって
人生の中で結構あるように思えます

その仕上がり具合が見えるので

こちらとしては
『こういうように仕上がるんだなあ』
と、あたりをつけていくが
必ず『試験』的なことが待ち構えていて
それをパスすると

『はい 仕上がりました』

見たいな門が開く感じがします

その中で、じゃあどうすれば仕上がるのかっていうところなのだけれども

自分に集中できるようになっている人は出会いやすい気がします

あっち
こっちに目が行ってしまいがちな方は
何となくふわふわした感じなので
求心力がないのです

なのでこちらとしましては
『自分に集中するプログラム』みたいなものを提示して
力をつけて行ってもらいます

今年も残るところあと少しですが
今年もたくさんのクライアント様が変化されました

転職
引っ越し
ともに住む者との出会い

特に引っ越しは本当に多くて
毎週どなたかが引っ越しされていたような一年でした

来年はいよいよ、私も方針をしっかり固めてカウンセリングをしていこうと
思っています

今まではオールマイティーなカウンセリングで
それはそれで良かったのですが

この世の中にある壮大なカラクリが見えてきた途端、また私にとって世界が難しいものとして見えてきました

『人間の価値』について
宗教も 学問も 
まだまだ催眠にかかっているところがあるのかもなあと思うのです