喋ることで自分を保っている人

カウンセリングの現場にいると
ある種の「止まらない言葉」に出会うことがあります

それは
よく話す人
おしゃべりな人

というレベルではありません

むしろその言葉にはどこか異様な切迫感があります

途切れない
流れ続ける
こちらが息をする隙がない

そしてセッションが終わった後
セラピストの側には妙な疲労や違和感が残る

吸われたような感覚
侵入されたような感覚
抜けきらない残響

この「喋る人」を
単なる性格やコミュニケーションスタイルとして理解すると
臨床はうまくいきません

ここには構造があります

そしてこの構造は
ヒステリー
境界例
解離
という異なる様式を取りながら共通して「言葉」を使っています

今日はこの
「喋ることで自分を保つ人」という構造を見ていきます

まず最初に
はっきりさせておきたいことがあります

この人たちは
「話している」のではありません

正確には

「話さないといられない」

なぜなら
言葉が止まると自分が崩れるからです

多くの人にとって言葉は伝達の手段です

しかしこの構造において言葉は
自分を繋ぎ止める装置となりその人の内部で機能するのです

つまり

言葉=自我の支え

です

喋っている間は自分が存在している

喋り続けている限り空白に落ちない

逆に言えば

沈黙は危機的状況です 

ここで重要なのは

沈黙の意味が
我々とは違うということです

通常、沈黙は

考える時間
感じる時間

その人自身の『個人的な時間』です

『個人的な時間』において人は
相手からの話を感じつつ

自分が何を感じているかを反芻したり、
確認したり、思いを馳せたりして

会話の中で『どんなボールを返すか』ということを
瞬時に返します

しかしこの構造においては

沈黙=崩壊の入口

です

そこには

空白
不安
身体感覚の噴出
記憶の断片が待っています

だから喋る

そしてその言葉は、内容ではなく

『ある機能』を持っています

その機能は、3つの構造 が見受けられます
同じ「喋る」でも中身は違うのです 

この「喋る人」は
一枚岩ではありません

臨床的には
少なくとも3つの構造が重なり合っています

①ヒステリー型 ― 他者を呼び込む言葉

ヒステリーの人の言葉は

「あなたはどう思う?」

という問いを含んでいます

彼らは
言葉によって

他者の欲望を引き出そうとする

つまり

喋ることで他者を巻き込む

そしてその中で

「私は何なのか」

を確認しようとします

大概、その確認内容は
『私は愛される人間ですよね』という内容が多い気がします 

特徴としては

・話が魅力的で引き込まれる
・感情が豊かに見える
・しかし核心には触れない
・話が円環する

周囲は

理解したくなる
応えたくなる
関わりたくなる

しかしその応答はさらに言葉を増殖させます

② 境界例型 ― 崩壊を防ぐ言葉

境界例的構造では

喋ることは

「崩壊の防止」です

この人たちは
自分という輪郭が不安定です

だから言葉で自分を縫い止める

話し続けることで

「ここにいる」

を維持します

確認したい内容としては
『私は尊重(大事に)されるべき人間ですよね』という問いです 

特徴としては

・話に切迫感がある
・止まることへの恐怖がある
・話題が飛ぶ
・相手への依存と攻撃が同時にある
・物事の解釈基準が自分が主であること 

相手は

引き込まれる
疲弊する
逃げたくなる

そして同時にめんどくさい感覚が生まれます

③解離優位型 ― 存在を保つための言葉

解離が優位な場合

喋ることは

存在の確認です
『私のことを理解して欲しい』が1番確認したいことです 

この人たちは
言葉が止まると「自分が消える」感覚に近づきます

だから

言葉を出し続ける

特徴としては

・どこか平坦な語り
・感情と言葉がずれている
・時間感覚が曖昧
・「語っているのにいない」感じ
・喋りが止まると、目線がぼんやりする

相手は

現実感が薄れる
夢の中にいるような感覚
どこか掴めない

という体験をします
・・・なんなら時間の概念さえ狂う感覚になります 

少し内幕をご紹介すると
セラピストに起きていることといえば 

このタイプと関わるとき

セラピスト側には独特の体験が起きます

それは単なる疲労ではありません

もっと身体的で
もっと侵入的です

・吸われる感じ
・頭がぼんやりする
・思考がまとまらない
・抜けた後もしばらく残る

これは

カウンタートランスファレンス

です

そして重要なのは

これは誤りではなく
「情報」として捉える必要があるということです

この構造において
言葉は意味を運ぶものではなく『作用するもの』になります

つまり

『言葉が相手の中に入り込む』

これは比喩ではなく体感として起きます

このブログをお読みになる方も
どこかで一度は体験されたことがあるのではないでしょうか

なぜか、特定の人との会話の後
重くなる しんどくなる 気分が沈む イライラする 
そして
言われた言葉を反芻して見たくなってしまったりする 

ではどう関わるのか

ここで重要なのは理解ではありません

むしろ逆です

「止める側に立つ」ことです

止めることは遮断ではありません

また拒絶でもありません

その人が崩れないギリギリの位置で
その人自身が、自分の体感覚に戻っていけるようにする大切な位置です 

構造を守るための位置取りです

具体的な介入としては 

例えば
「少し沈黙を感じてみてください』 

この一言は
この構造にとって非常に大きな意味を持ちます

なぜなら

言葉なしで存在する
可能性に触れるからです

また

「今、体はどんな感じですか」

これは

言葉の回路から
身体へ戻す介入です

さらに

「話すことで、何を保っている感じがありますか」

これは

言葉の機能を本人に返す問いです


最も大切なこととして、

この人たちにとって問題は喋ることではありません

『喋らないと存在できないこと』

です

だから治療とは

言葉を減らすことではなく

『言葉に頼らなくても崩れない経験』
を作ることです  

喋りが止まらない人は必死に自分を保っている人です

その言葉の洪水の下には
沈黙に耐えられないほどの何かがあります

そしてカウンセラーは
その縁に立つことになります

例えばカウンセラーが浮き輪になってその人を一次的に浮かせることができても
結局巻き込まれるのです

なのでその人の構造は止まらない

カウンセラーがその人に関われる時間は
多くても一週間に一度程度です

その方が、本当に困っているのは周囲の人たちとの関係性です
・・何か避けられている気がする
・・・自分にだけ対応が冷たい
という体感を普段感じていらっしゃる 

だから余計に言葉で繋ぎ止めなければと必死になりますが
それがまた距離を生むという悪循環になります  

しかし
距離を取ってもその人の深い海底のような
恐怖はそのままそこに置かれたままです 

なので
そのどちらでもなく

境界に立つ

『ここが、空気が吸える場所ですよ』と
淵に立つ 

場所を示す 

海から上がれるんだという体験をすることで
徐々に、深海を恐れなくなります 

その人自身で海から上がって来れるように灯台になるような思いです 

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さて、あるチャーミングなクライエント様から
私が新しくカウンセリング方法を変えたことにより

『乙原が無機質になった!』
とフィードバックをいただきました 

『嫌だったから、本当は次回は喋らないでおこうと思ったけど
でも、なんか それも含めて大きく何かが動いた』と。 

私としては、ほとんどのかたが動いているような気がします

確かに、この方法を途中段階で共有しているクライエント様もいらっしゃれば
そのまま、新しい介入方法でカウンセリングしている方もいます

どちらがその方にとって良いのかというと
判断となる基準点がありそうです 

また なんならこの概念の基本的姿勢は
ちょうどいい頃合いで、時間が余っていても切り上げるというものもあります 

カウンセラー泣かせの方法です 

『嫌われることを怖がらない』
『沈黙が治療を深める』
なんて書いてあって

いまの日本の優しい傾聴共感カウンセリングとは真逆です

しかし、私としては今までの
傾聴共感では届かない部分があるとずっともどかしかった部分が

これにより
地図を手に入れたかのような感覚

そして何より現代催眠的な要素をふんだんに盛り込んでいる内容だと感じます

なので
この1ヶ月で 
皆様劇的に変化して
そして
『自分が何をやりたいか』を早速しっかり見据えていらっしゃいます

クライエント様は想像していなかったことを仰ったりして 
私は驚きでのけぞったりしております 

原因があるから→結果

という平面のカウンセリングではない

もっと大きな立体構造、ルービックキューブをクライエント様自身が
動かすような方法なのではと思っています  

でも、今までのスタイルが好きと仰ってくれるクライエント様もいらっしゃるので
当面はそのバランスを見ながら私も精進してまいります