親神様

カウンセリングの中で『親』をいう存在がその方にとってどういう存在かと
お話しいただきます

それはもう、じっくりと聞きます

クライアント様も話すことで
親のことを客観的に見られるというメリットもあるので

どういうイメージを親に持っているかをお聞きすることはとても大事な時間になります

けど
毎回、親へのイメージって聞き取りをしていくと
少しずつ変化されてくるのです 

さて
そんな今回は『親がどのような存在か』ということに関してのブログ

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人の心の中は悪と善とがあり
それは環境や気分や体調により
バランスが変わるもので

『善100%です!』みたいな方もいないし
『悪100%です!』みたいな方もいらっしゃいません 

『揺らぎ』があるのが人間であって
その場合の色々な局面で何を選び取るかで
その方の『人間性』や『特徴』みたいなものが表に現れるものです

歴史なんかでも
『悪100%』な人はいなくて
それぞれ、『悪と見做される道を選ばざるを得なかった人』だったりする

親だったり
環境だったりに

『選ばされる』のが人間の性であり 
それに翻弄されるのが人間です

ただ悪というものは吸威力が強い

私たちは肉体というものを持ち
その肉体は、日々『重力』を感じています

台風の日なんてものは、ものすごい圧と重力がかかるし
身体もパンパンになります

浮腫んだり、血流が滞りがちになったりします

それが『不快』な感覚として意識に登ってくるので

肉体を持っているうちは
環境からの『不快感』を感じざるを得ない状況になります

不快な状況に私たちは『肉体』という膜で包まれた『物体』になかに
精神を宿らせて存在しているので

そりゃあ、過酷なわけですし 
誰でも、できれば少しでも安全で重力なんかを感じない状況になりたいわけですが

しかし肉体を持っている間は
そんな『無重力』な状態は望めないし難しいのです

この世の中に生まれ落ちた時点で『過酷』な訳です

しかし、その過酷さをいっときでも忘れたいという望みを
人類は追い求めてきました

ある人は食を極めることで没頭する感覚で過酷さを忘れるように仕向け

ある人は冒険を求め
自分の限界にチャレンジすることで『過酷』と戦い続ける道を選び

ある人は『酒』で酔うことで
脳内に無重力の感覚を作り上げて
いっときでもいいからと、過酷さから逃れるようにし

ある人は『人にぶら下がること』で
自分の足で自分の重さを感じないような生き方をのぞんでいかれるようになる

とかく
この世の中に『生』を受けて出てきたということは『苦しみ』の世界に出てきたことに近く

そしてその苦しみとどう付き合って生きていくかに
人生観が現れるわけです 

あのブッタさんも
この世の中に生きることは『死 病 老 苦』と言い
生まれながらにして
苦しみが私たちには『存在しているよ』というのです

なんて世知辛い

なのでもちろん、子供を産んだ親たちは、親たちで『死 病 老 苦』を味わっているわけなので
子供に色々と『知恵』を教え込むわけなのですが

その『知恵』が実は『悪を引き出す』もとになっているということがあります

それはどういうことかというと
『恐れ』がベースにある子育ては『その子の中にある悪を引き出しやすい』子育てになります

ところで悪とは一体何なのか・・という根本的な問いがあります

例えば窃盗とか殺人とかは
現代ですとわかりやすい悪ですが

それもひと昔前では『悪』ではありませんでした

いっときなど、殺せば殺すほど『善』だとされた時代もあり

『悪とは何か』『善とは何か』は
人間がその一生をかけて問い続けるに値する『問い』です

それを『人それぞれの課題』と言い
そこは各々が考えていただけたらいいと思うのですが

私も私なりに考える問いではあります

そして、この私の人生だと
折に触れて、尋ねられたりもするのです

私からすると『悪』は一見『善』の顔をしてやってきます

『善の顔』は『神のような顔』でもあります

人を導き支配する神です

それと契約を交わすと
なぜかその人自身が『蝕まれて』いくようです

すると
自分で考えることを放棄してしまい
自暴自棄になり 上から目線になりがちになってしまい
人から搾取することが当たり前になってしまうようです

親が『神』のように
自分の子供の前で振る舞う時、

子供はその親に対して無力になってしまいます

子供は『甘えたい』『依存したい』という気持ちをもつのが自然ですから

そこを逆手にとって『神のような親』にコントロールされていくと
途端に『羽』をもぎ取られた状態になってきます

親が『親』という神的立場から降りてくれたら
どんなに子供は救われるか・・と思う現場に立ち会うことがあります

けどほとんどの親は
子供に対して『導かなければならない』と思っているようです

よく、クライアント様が『親に謝ってほしい』という時があります

それは親に『神的な存在を撤回してほしい、神ではなかったと自分で認めてほしい』
と言った切実な願いが込められている場合があります

親が『神』から降りない限り
子供の中では『親』は次第に『悪魔』として心の中に君臨し出します

人生を恐れろ
お前はだから嫌われる
何をやっても無駄だ 

など
身の毛もよだつ言葉を
囁き出します  

ほとんどの親は、自分を神とは思っていないのですが
たまに自分を神を思っている親がいらっしゃいます

中には『バチ』を当てる親もいます 

そういう親に育てられた方は人生のテーマが『神的な存在』だったりします

親神様を捨てる必要があると思って見ています

私の場合
先陣切って捨てに行きます