眠った後に

実禁忌としてスーパーバイザーから止められていることがあります

それは『夢判断』であります

 

夢診断
夢占いなど色々な呼び方がありますが
どれも意味合いは同じで

『見た夢からどう意味を取り出すか』ということです

 

昔から夢というものは
人間にとっては未知の領域でした

なんとなく現実感がある夢や
反対に突拍子もない夢
見たこともない景色を、まるで見知っているかのように振る舞う夢
自分自身を眺める夢もあれば
自分が無い夢もある

色付きの夢もあれば
白黒の夢もある

知らない言語で話す夢もあれば

違う生き物になってしまっている夢もある

 

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夢の中の出来事を絵に表したのが画家のダリです

ダリは自分自身の『意識』の果てを飽くなき追求心で
描き続けた画家です

 

例えば、数字の『2』という文字があります

『2』という数字が苦手ならば

『あ』という平仮名でも結構です

その『2』でも『あ』でもよいのですが
これを『2だ・・2だ・・2・・・2・・2・・2・・2・・』と
ずーっと眺めていくと

『2』が2に見えなくなる瞬間が訪れます

『あ』でやってもいいです
『あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・・・あ・・・あ・・あ・・あ・・』
と『あ』を眺めていくと

『あ』が崩壊する瞬間が訪れます

物体が『それ』を認識できなり
執拗に見ると別のものみ見えてきてしまう瞬間の
精神の作用をダリは絵に表現し続けました

絵もダリの固執したものの一つ

ダリは誇大妄想を続けてしまう精神病の『パラノイア』からヒントを得て
絵を描いていましたが

本人も実は複雑な生い立ちを持っていました

サルバトール・ダリの『サルバトール』の名前は
幼少期に亡くなったダリのお兄さんの名前を引き継いだもの

ダリは『自分は兄の身代わりなのだ』と
幼少期から自分のアイデンテティに『兄』が加わっていたような子供でした

その影響は晩年までダリにふかい影響を及ぼしましたが

現実の世界での『足場』が『自分だけでは無い』と感じてしまった子供は
別の『自分だけの場所』をイマジナリーの世界に求めたのでしょうか

イマジナリーなら『自分だけの世界』を創造することは
可能です

 

苦しみから逃れるために無意識で『居場所』を模索したダリは

次第に『内的な感覚』を『外部に表現』するようになり
その手段が『絵』だったわけなのですが

結果的には『内的な世界も外的からの影響を受けている』ということを
表現したものになってしまいます

 

ダリの絵は、どこか不穏な感じで
統一感があるようで、統制がない雰囲気があり

そこに時代がちょうどよくマッチングして
ダリの絵は評価されるのですが

ダリの絵は『夢』の中を描いたものは
ありとあらゆるものの『境界線』がない世界でした

 

元々ダリ本人にも『自分というものの中に兄が存在している』という
境界線が不確かな中で生きていたので

『これは現実なのか
もしくは創造なのか』という世界観が絵にはよく表されています

その『境界』を描こうと
もがいたのがダリであったと言えるのかもしれません

 

『境界』の部分というものは非常に引力がある部分です

それが私たちが
毎晩よく見る『夢』の部分です

 

あんまりにもインパクトがある夢を見ると
起きたばかりの時に

『これは現実なのか・・・?』と
一瞬惑う時がどなたもあると思うのですが

その足場がない不安感というものは
何か、少し気を緩めると
危ないと本能的に感じるのですが

実はこちらにいらっしゃるクライエント様の多くは
その『不安感』と『心許なさ』を
いつも常時、感じていらっしゃる方ばかりです

 

そもそも現代は『これが私!』と言い切れるほどの『私』を持っている方も
少なく

『私という私すらない』みたいな悟っている方も
ほとんどいらっしゃらない

大多数は『自分であるけれども、かなり周りから影響を受けてしまっていて
自分がどう自分を感じればいいのかわからない』という方たちばかりです

つまりそれは『境界』が
自分で引けるほど『自分を感じられない』し

『境界』を超えて影響を及ぼしたがっている他者も多くいるし

と行った具合に

『自分の陣地合戦』のような戦いが
それぞれの人たちの中で今も繰り広げられていて

それが『しんどい』という感覚を呼ぶのですが

 

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夢は、その不穏と不安をいち早く察知する機能を持っています

というよりも
『不穏』と『不安』をいち早く映像化して
認知させる働きを持っていると感じます

トラウマ治療をしていると
夢はその不穏を映像化します

映像化すると、それはその後
『認識される』という方向に進みますから

意識では認識されなくても
無意識では『整理される』という場所に
その『夢』自体が移動されるようです

トラウマの治療をした後にクライエント様たちが
二、三日悪夢を見るのはそういう理由があるのかな・・と思っています

 

しかし夢は
一番効率的な『整理』の仕方をするために
『主語』などはとっぱらった状態で夢を作り上げることも多いです

どちらかというと
ただの『状態』を夢は創り出してから整理するような雰囲気があります

 

私がしんどいトラウマ(母親からの宗教トラウマ)などを出していた時は
よく夢の中で『部屋の至る所から虫が湧いてくる夢』を見ていました

そういえば『宗教トラウマ』『依存トラウマ』の影響のある方の夢は
『虫』がよく出てきます

(夢の中だけではないのがまた面白いのですがそれは別の話…)

 

夢は『集合的無意識(人類が共通してもる無意識)』から
発展してくることが多いと言いますが

『攻撃的な人がいる場合』には『蜂🐝』の夢をよく見るようです

でも実際に夢の内容の
『夢』を主体的に捉えて自己分析してしまうと
夢に引き摺り込まれてしまうといった状況もよく出会うのです

いわば
『夢依存』とも言いましょうか

『夢こそが最良のお告げ』とばかりに
『自分にとってのお告げなのだ』と分析を始めてしまうと

夢が夢として機能しなくなるということを
カウンセリングの現場でもよく見ました

夢が自我を超えてきてしまう・・といえばいいのでしょうか

夢は『集合的無意識』から派生するものですから
それこそ『集合的無意識』に飲み込まれてしまうという恐ろしさがあるのです

 

夢は、まだ今の科学でもっても解析できない部分が多くありますが

夢の中でのシンボル(象徴的なもの)は
誰にでも、寝さえすれば、そして起き抜けを少し注意していれば
気づくことができます

でも、ほとんどの夢は
『シンボル』と『シンボル』の組み合わせで出来上がっているので
これを診断するとなると

ものすごく膨大な経験と知識と、ちょっとした勘が必要です

 

これを得意としていたのがユングと河合隼雄先生ですが

そちらの夢診断を読んでいても
やはり『安全な夢』しか扱っていない雰囲気があります

私自身が夢を見ても
気にはしないのですが

どちらかというと夜、きちんと寝て見る夢は集合的無意識なものが
多く見られ

昼寝などの、普通の人が活動している時間に見やすいのが
『トラウマ整理の夢』なのではないかと感じています

これは仮説ですが

夢はもちろん脳内の電気信号ですが

みんなが寝静まっている最中は
みんなの集合的無意識が集合されている感じがあって
そこに磁石のように吸い寄せられている感じがあります

反対に、活動が多く行われている昼間は
集合的無意識の深いところでの交換がなされないので

人、1人が昼間に寝てみると
他の方から影響を受けづらいので
自分に近しいところでの『無意識の交換』が夢としてなされるのではと思っています

 

カウンセリングで、深いところのトラウマに介入した後は
特に『よく寝てください、できれば今から昼寝してください』と
申し上げることがあります

それは『自分自分のためだけの整理が行われやすいかも』という
可能性があるからです

でも整理が行うのは『脳自身』であるので
なかなかこちらの『思う方向』とは違う働きがなされることがありますが

実はそれも後々に
大きな采配につながるためだったということもよくあるのです

 

ちなみに私が通っている美容師さんは
有名な陽キャなのですが

夢の話をしてきていて
ふむふむと思って聞いていたら
『実は俺、よくみる夢って空飛ぶ夢なんだよねえ』といっていて

確かにその方
人生、ぶっ飛んでいらっしゃる動きをする方とも
よく一緒に行動するから

さもありなんだねえと聞いておりました

これくらいの夢分析なら
面白半分でもいいかと思いますが

夢判断にのめり込むのは
上のようなことから、あまり積極的にはお勧めしづらいなと
私も思うのです

   

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