
カウンセリングや精神分析の話をしているとよく出てくる言葉があります
それは『無意識』。
そして
あまり一般には知られていないけど
精神分析にはとても重要な言葉があります
それが『主体』です
実はこの二つは
似ているようで、全く同じではありません
しかし深く繋がっています
そして、きちんと使い分けないといけない言葉でもあります
今日はこの関係をできるだけ分かりやすく
そして面白く解説してみようと思います
読み終わったら、少し自分の中の精神構造が変わるかもしれない
・・そんなお話
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さて無意識とは何か・・ということですが
無意識とは『自分では気づいていない心の働き』です
無意識を、認識した時点で
それは無意識ではありません
もう、『意識』です
では無意識とはどこで『見れるのか』というと
・夢
・言い間違い
・なぜか同じ失敗を繰り返す
・理由がわからない不安
こういうものは多くの場合、無意識からきているものです
精神分析では有名な言葉があります
それは『無意識は言語のように構造化されている』
つまり無意識は
・記憶
・体験
・感情
・言葉
・欲望
・眼差し(自分からのものも、他者からのものも)
が複雑に繋がった巨大なネットワークみたいなものです
精神分析では無意識は「言葉のネットワーク」のようなものだと考えられています
そしてそれは混沌としており
それらが一つの秩序によって構成されているものではありません
時間の概念なども無意識の中ではきちんと時を刻めません
小さい頃の時間と
大人になった時に感じる時間は
どう考えても濃度が違う
でもそんなことを無意識は学習はしません
全てごっちゃまぜになっていて
でも、かつ
ある要素により結ばれていたり、縛られていたりする
そこには人格的なものも
善も悪も
同じく存在するような、そんな『場』です
だから固定されたポジションではない
でも構造としてはパターンがあります
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では続いての『主体』ですが
ーーーーー私はこの『主体』が大好きなのですが
主体とは『私は・・・と思う』という時の『私の位置』です
例えば
『本当は休みたいけど頑張らなきゃと思う』
この時 ・休みたい
・頑張らなきゃ
の二つの声の間で
『私はどうするのか』を考えている場所ーーーそれが『主体』です
主体は、実は分裂しています
精神分析で面白いのはここです
主体は一つではありません
私たちの中には
いつも複数の声があります
例えば夜中のラーメン
頭の中でこんな会議が始まります
『食べたい』
『太るぞ』
『でも今日は頑張ったよ』
『明日後悔するよ』
この時、自分の中には複数の“声“があります
その間で揺れている場所ーーーそれが『主体』ですーーーーー
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無意識はどこで働くのかというと
無意識はこういうところで顔を出します
例えば『今日は絶対遅刻しない』と思っている日に限って
なぜか寝坊する
これは意志が弱いわけではなくて
無意識のどこかで『行きたくない』という欲望が働いていることがあります
つまり無意識とは
“私たちの知らないところで私たちを動かしている“
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主体と無意識の関係ですが
主体は無意識の外にいるわけではありません
むしろ意識と無意識の境界で
揺れながら現れるものです
例えば『頑張らなきゃ』と思う時
そこには・親の言葉
・社会からどう見られるか
・子供の頃の記憶
・今までの成功体験と失敗体験
が混ざっています
つまり主体は無意識の海の上に
“一瞬“だけ 浮かび上がる船のようなもの
もしくは花火のような一瞬、光って広がり萎むもの
なのです
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症状の中にも主体があるーーーーーということをお聞きになったことはありますでしょうか
私が、ずっと土台としている現代催眠でもよく言われるものですが
精神分析では
症状の中にも『主体』を見ます
例えば『体が動かない』『何もやる気が出ない』
そういう困った状態でも
その人の中には
『本当は何かしたい』という欲望が残っていることがあります
だからカウンセリングなどにいらっしゃる
つまり症状があっても主体は消えていないのです
むしろ“症状の中に主体が隠れている“ということがよくあるのです
精神分析は
無意識を全部説明する学問ではありません
むしろ『主体がどこにいるのか』を見つける作業です
言葉の中
沈黙の中
体の感覚の中
眼差し
そして、カウンセラーとの対話の中で立ち上る、さまざまな感情
そこに主体が現れる瞬間があります
その瞬間は、とても美しいものです
そして、その瞬間に立ち会うと
不思議とカウンセラー側にも、何か
ものすごい『定位置』的なものを感じたりするのです
“ああ、この人の主体と会えた・・!“みたいな感じです
握手したくなる 笑
主体とお会いしたら
そこからは『欲望』を探す段階に行きます
『主体は本当は何をしたいのか』です
これは、他者からの羨望や評価などとは無縁の欲望です
そして、この欲望は
やればやるほど、頭がスッキリしてくるという特徴があります
よく眠れるようになり
体調は良くなります
言葉は、あまり頭を駆け巡らなくなります
自分を迷わなくなります
ーーーーそしてよく間違えがちなのが
欲望と似ている『享楽』です
享楽は『やればやるほど苦しくなる・・でも快感』みたいな構造をしています
享楽はスッキリしません
浮腫んできたりしますし
その享楽を楽しめたとて、罪悪感が湧いてきたり、恥ずかしく思ったりします
いずれすぐに享楽はブログにしますが
カウンセリングではこの享楽を
なんとかします
先月の2月28日から少しカウンセリングを変えています
クライエント様たちはお気づきになられた方も多いかと思いますが
今通っていらっしゃる方たちが、カウンセリングを卒業された後も
自分で自分の構造を見れるようにと
基礎を一緒にカウンセリングでしていくような形にしました
すると、今まで『生き霊』なんて言っていたものも
なんとか自分で祓えるようになるのでは・・・と。
ーーーーーー最後に
人はしばしば『自分がわからない』と言います
だから言葉も多くなるし
塞ぎ込んだり
自分を責めたり、悩んだり、誰かと比べてみたりする
それはある意味自然なことです
なぜなら私たちは皆『無意識』の中で生きているからです
しかしその中でも
ふと
『これが私の欲望だ』と感じる瞬間があります
その瞬間に現れるもの
ーーーーーそれが『主体』です
そして精神分析はその小さな『主体』の声を静かに聞く作業なのです
さて私の主体はと言いますと
最近は不安を感じるところをヒントに耳を傾けています
『不安』は嘘をつかないものです
『どきどきしてきた・・』とか
『なんか焦る』なんていう自分に気がついたら
そこに丁寧に丁寧に
耳を傾けるのです
大抵は、『自由に動けない』ということからの
身体のサインです
不自由にしているものを、探すのです
不安は嘘をつきません(2回目)
不安は身体の不快感から、意識として感じるものです
先に、体がアラームを出す
それが不安です
だから、最近は
少しの胸の『ギュッ』とした不快感の感じを感じたら
これはもう『贈り物だわい』とばかりに
私は喜んでいます
まだ伸びしろがあるのかーと面白いのです
その時の状況をメモしてあとで潜っていくのです
ーーーーさて、このようなブログを書きましたが
精神分析的には、このブログなどにも『私の主体』が現れているのです
また皆様にも
どのように読まれるかを想像して書いてみました
そしてどのように感じるか
意味わかんない
なんか違う
嘘くさい
いや共感する
えーそうなんだ
なんだかわかんないけど考えるなあ
そんな自分を感じられますでしょうか
これが自分の『主体』に出会う準備運動みたいなものです







