悲しみの種から生まれた芽

 

アンガーマネージメント第二弾

 

 

人は、怒らずにはいられないのかもしれないけれども

その怒る基準は、それぞれ人によって違うなあということを
感じずにはいられません

 

ある方が職場でのある出来事たちについてお話しになります

その方は職場での調整役のようなポジションに就いておられるのですが
どうにも腹が立って仕方がないことがあるとのこと

 

よくよくお聞きしてみると

後輩がタメ口をきいてくるのが
どうしても受け入れられなくて腹が立ち
なんとか知らしめてやりたいと思ってしまうそう

その後輩とは話したくないとさえ思ってしまうのだが

でも後輩は、なんやかんやと話しかけてきて
その度に自分を抑えることでいっぱいいっぱいになってしまうのだそうな

 

『敬語を使って話した方がいい』と言ったこともあったが

『案外、古風っすね〜』と流されてしまい
余計に腹立たしさが増してしまったそう

 

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人には、『優先度が高い概念』と『優先度が低い概念』があります

例えば
上の例の方でいると

優先度が高い概念は
『上下関係をしっかり意識した関係性を保つこと』になります

 

この場合の概念とは
考え方や理念、習慣などを形成する固定された経験が、何度も何度も
繰り返し刷り込まされてしまったせいで
そこから自身が選んでいる(もしくは選ばされている)もの

上下関係をしっかりしていないと
不安な感覚や、苛立たしさを覚えるということは

昔、その上下関係を感じさせられる場面で
何か失敗をしてしまったか
怖い思いをしたということも考えられます

その場面が繰り返されることにより

常に『これだけはしっかりしていれば怖くない』
ということを学んだのですが
それが
『普段からとりあえず上下関係だけは
はっきりさせておくことを
何より優先させるべきである』

ということになってしまった

 

上下関係の世界で生きてきた方は
いつも常に、目上には逆らうな という大きな設定がされてしまったので

その概念を無視して生きている人に出会うと

自分の世界観がひっくり返る恐怖と
また
自分が以前に一生懸命にその世界観で生きていこうと
自分を律していたのにも関わらず
それをせずに生きている人をみると
過去の自分を否定されたかのような感覚になってしまう

だからものすごくイライラした感覚が出てきてしまい
どうにもこうにもならない自分が出てきてしまう

といった具合になってきてしまうのです

 

実際に、この後輩が
先輩や、その方自身を軽んじていたかをみてみると
そんなに軽んじているとも感じられない

敬語が使っていないということだけが
このかたにとって、とても刺激になる行動になってしまっているのです

 

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ある方は
道を、我が物顔で歩いてくる人がくると
とても苛立ってしまうのだとおっしゃいます

道は、誰のものでもないからこそ
きちんと人の流れに沿うべきなんじゃないかとおっしゃる

右側通行とか
左側通行とか
例えば駅などではきちんとルールが書いてあるので
それを遵守する方がいいとおっしゃる

 

・・・じつは私は、これを聴いて恥ずかしい気持ちになったのですが
何を隠そう
あまり駅の構内に貼ってあるルールなどが目に入らなくて
下を向いて考え事をしながら歩いていたら
すごく人の流れに反してた・・なんてこともあるので
申し訳なく感じるのだけれども

そんな私も自分の話をしながら

話を進めていくと

 

『ルールには、乱れや諍いを事前に防ぐためのものだから
それは守ったほうがいい』
とのことで

それは本当にそうだと私も思うのですが

 

でも、それでも『腹が立ちすぎる』という事は
クライエント様にとっても
いささか不便な事でしょうと

そんな人は毎日のようにいるわけで

そのたびに怒りのエネルギーが出てしまうというのは
身体も過緊張になるので
どうしたものかと、

過去の起点になった出来事を探っていくのです

 

 

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どの概念も、その概念を刺激する(打ち破る)存在が現れた時に
過剰に反応してしまうのには
その概念を自分が受け入れる時に
非常に苦痛を伴っていたということが
カウンセリングの現場でもよくみられます

 

一番にご紹介したクライエント様の場合は
過去にかなりの体育会系の部活に所属してらっしゃいました

そして父親もかなり厳格

学校という外部の世界でも
年齢が上ということで『指示』され
『指摘』され『教育』され

それは、もう『脅迫』の部類に入るのでは・・というくらいのレベルです

 

昭和の時代は
休んだら根性なしだとか
水を飲むなとか
連帯責任だとか

何を鍛えるかというと『規律を乱さず、且つ、上の指令に逆らわない』
という人材を育てるためのものでした

なので自分より目上の人は怖い、畏怖する恐怖の存在。

それを最初から『嬉しい〜〜』なんて思う人はいないでしょう

どの方も、『そういうものなんだ・・』と受け入れざるを得なくて
その概念を身体の芯まで入れ込む

そして月日は流れて、社会で仕事を始めて
最初は自分が後輩だったから会社でも何も感じることなく(それは麻痺していたということにもなるのだけれども)

その後、後輩が入ってきて

自分が感じた苦労などをしてこない人が
自分が感じている普段の恐怖を感じずに振る舞っていると
もういてもたってもいられない

自分がしてきたことを蔑ろにされている気分にもなるし・・と
ひどく情けなくも感じる

 

・・・そこまで言語化されたクライエント様は
おっしゃいます

『あの体罰とかは、なんだったんだろう・・・』

するときちんと怒りの方向は
かつて過去に感じていた『自分をその概念に引きずりこんだ人』に向かいます

 

そこまできたら後少し

介入などで過去の痛みを振り返って
そうすると普段の生活で
後輩にあっても、そんなに気にならない自分に気がつくのです

 

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2人目の『道を我が物顔で歩いてくる人にイラつく』という方も
過去に
『道』で痛みを伴う出来事を体験された方でした

介入で過去に遡ると記憶が蘇ってきたのは

オラオラ系の上級生から絡まれて暴力を振るわれていたいたことを思い出します

 

学校は『右側を歩きましょう』とルールが決まっていて
廊下などではきちんと皆んな歩いているのに
その上級生はそれを守らずに執拗に人に絡んで暴力を振るう

そのことを思い出した後
その方は、多少の痛みはまだあるものの

開放的な場所での道のカオスは気にならなくなったそう

 

しかし、まだ駅の構内などで
ルールを守らずに『自分勝手』にしている
・・・例えば『人に絡む』『あえてぶつかってくる』などの人に出会うと

穏やかに注意するらしい(強い)

『注意と言っても、
危ないよ危ないよ危ないよ危ないよ・・普通の声で独り言を
いうような感じなんですけどね』
とおっしゃられ

それはそれで、『混乱』をあえて防ぐという行動をとられるということが
できるようになったのはすごいんです

と満足そうなのです

 

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ここでは、紹介しやすい軽い『怒りのもと』をご紹介しましたが

実はカウンセリングの現場では
もっと残酷な概念をたくさんみます

それこそ、一番大好きな親から
『概念』を埋め込まされてしまった場合

その概念は、『親が自分の利得の為に行なったもの』の場合が
とても多い

 

その場合は、親との切り離しをまずはするのですが

その概念を埋めこまされた過去に戻ってみると
どの方も
親に見放されたくないから、その概念を無理やり飲みこんだ場面が多くて

しかも親のことを、大好きで・・という場合はなかなか
困難を極めます

どの方も、小さな頃は親のことを大切に思っていますから仕方のないことですが

でも、何だかそれをみていると
とても切ない気持ちになります

   

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