ささやかな充実

 

『幸せ』 というもの、
私の手のひらに乗るくらいの 本当にささやかなものです

 

私が最近 幸せだなあと感じるのは
『新しい本を探しに行くこと』
画集や 昔の本を探しに古書街を散策するのがとても満ち足りた感覚になります

 

昔の本には
今の本にはない『空気感』があります

古書街で ふらりと軒先に無造作に並べられてある一冊に目を止めるときに

目眩がするくらいの
『出会い』を感じることがあります

『ある思い』を本に綴った人がいて
その人は どんな人だったのだろうか

そんな この本を売りに出した誰かがいて
この本を買い取った人がいて

その人が無作為に店の店頭にこれを陳列し

私がこのタイミングで その名もなき一冊の本を手に取る

なんでこの本を手に取ろうと思ったかは

装丁に惹かれたか
なんとなく足が止まったか

ほとんど無意識である

古書街にいるというのに ぼんやりして
引っ張られるものを なんとなく眺める

という動作と造作を繰り返しているときに

ふと 身体の奥底から『出力したい』ような動きを感じて

急いで本を無愛想な店主から購入し

近くの隠れたカフェに入り
ノートと鉛筆を取り出し

出てくるものを 次から次へと 取り止めもなく書いて描いているときに

ものすごく身体が腑に落ちている感覚を感じる

おそらく私はとてつもなく地味なんだろうと思う

 

そんな私でも
人が「アウトプット」した叡智みたいなものに触れるのは
とても楽しいのであります

人間の『生き様』にとてつもなく美しさや奥深さを感じる

 

今日はロートレックの画集を眺めていることが多い一日でした

ロートレックの絵は 誰でも一回は見たことがあると思います

ロートレックの両親はいとこ同士
父親は奇妙な服装をするなど変わり者で有名だったらしい

自身の身長が152センチだった原因は 幼少期の骨折だと言われているが

最近の研究では
近親婚に起因する骨形成不全症などの遺伝子疾患だったのはと言われている

それが原因で
父親には『身体障害者』と 思春期以降に疎んじられるようになります

幼少期は両親から『小さな宝物』と可愛がられていたが
弟の死などもあり
両親が不仲になり ロートレック自身は母親とパリに住むことになります

『天国から地獄』を身を持って感じたロートレックは

自分自身が身体障害者として差別を受けていたこともあり

『娼婦』『踊り子』など
夜の世界の女性たちとの交流を深めていきます

 

『醜い』『美しい』『欲望』『欲求』

 

私が見ていて苦しくなるのは『美しいものを眺める眼差し』の描かれ方です

スポットライトのあたる『美しいもの』は
『欲望の眼差し』により 余計に美しさを増す

皮肉なものだな と思う

ただ その『スポットライトが当たる者』も
その光が当たらなくなれば 途端に醜くなる要素も含んでいるのだ

『スポットライト』とはなんだろうか と思う

この『スポットライト』は 人間が欲しがる『嫉妬の眼差し』であり『空気』

そして しかしそれは
決して 踊り子を満たすモノではないから
足が折れるまで踊り続けなければならない

ようは 美しくあり続けるように
踊り続けなければならない

そうでなければ存在価値がない とでもいうような

踊り子の美しさを支えているのは 他の誰でもない
この『踊り子』を憎んでいる
『負にちかい感情を持つ者』に違いないのでは

と思うのだ

 

ロートレックの絵を表すならば『嫉妬』を表現したかったのではないかなと思う

光の当たる あちら側に行きたい
しかし
それを思っているうちは あちらにしか光が当たらない

あちら側を見るのを諦めて

今は光の当たっていない『自分の足元』を見るときに
人はまず絶望を思うが

その足元を動かし 少しでも動こうとするその『動き』こそが『真の美しさ』であると言お思うのは私だけでしょうか

 

そんなことを街の片隅でぼんやりと思う この時間も私の『幸せ』ではありますが

『感受性』を使うことがとても嬉しいのです

自分がどう感じている
自分がどう思っている

と 私と対話する『この時間』は『幸せ』です

・・・例え どんなに苦しい対話でも
私は『私』としか『感受性』のやりとりはできないのです

 

 

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