拝啓
先日 とても素敵な贈り物をいただきました
その方は私に
「あなたが小さな頃に読んでいた本はなんですか」と尋ね 後日その本を送ってくださったのだけど
1ページめを開く そのまえの
もうその本の重みすら まだ私の身体は憶えているようで
本にあった言葉の1つ1つが まるで海の底から浮かんできた泡のように
ぷかり ぷかりと クラゲのやうに登ってき
そしてシャボン玉が淡く 虹色に ぱしゃりと 次々弾けるような感覚を覚え
一行一行 一語一句 擦り切れるほど読み込んだその本の言葉が
今も私のこころの奥底の 中心に在りつづけていたのだなと
まるで 自分の秘密の引き出しを開けてしまったかのやうな気分であります
思い出すのは 確か 娘が生まれた時で
この中にあった短篇を読み聴かせたのだけど
娘はいいねというのだが
どうにも 娘と私は 感じるこころの深淵さが共有出来ず しみじみとした歯痒さを感じ
古びた本の表紙を撫で
わたしだけの とくべつな本なのかしらと思ったものでした
でも そこから いくつもの町を移り住んでいるあいだに その本は どこかへ 行ってしまい
そして 今また手元にある不思議
さて こころをよみとく お仕事をさせて頂くようになり
私の前で やっとこ 長年 背負い続けてきたであろう お荷物を下ろし
そして ほぅと 皆さま ため息のようなものを出され
ポツリぽつりと おはなしになる その言葉が
私には とても 特別なもののように思えるのだけれども
それもそのはずですよね
あるときに 無性にこころがざわつく時で
外はとっても風が強くて
得体のしれない生き物が まるでひっきりなしに動いているようで
瞬きすら怖いような
そんな暗闇を 見つめながら
小さなわたしは その本にあった 言葉をつぶやいてみたことがあって
いつも眠りにおちていけたのだけど
嗚呼 今になって
その言葉の滑らかさを 私はあいしていたのだなとわかったのです
今 私の目の前で その言葉を 愛でる方々を見つめながら
そのかたの こころの中に 一緒に入っていけることに
ふるえるような こころの動きを 共に 感じるのです
オトハラ