Case63トラウマが剥がれるとき

クライアント様からの声

Case63
トラウマが剥がれるとき(30代・女性)

 

ここ最近は、父・母をキーワードとした介入をしていただくことが多く、
カウンセリング最中は気持ちが悪かったり息苦しかったり、帰宅後もドッと
疲れたり眠かったりすることが多かった気がします。

前々回は弟・男性をキーワードとした介入をしていただき、自分としては弟に対して
そこまで怒りや恨みを持っているつもりは無かったのですが、記憶が飛んでいる以前のきつかった時間の中で、やはりそこに対しても確実にあったのだな…と改めて思いました。キャパシティオーバーで、記憶と共に無かったことにしていたのかもしれません。そこも認めてしまったら、原家族全滅で味方無し?とでも思ったのかもしれません。
けれど「殺されそうな想いをしていたということ」と言っていただき、「そうなのか。自分を責めなくてもいいのかな」と思えました。
どうにも、自分が何かされたこと(特に不快だったりきつかったりすること)に対して、
軽く見積もりがちだった=自分の優先順位を一番後にしていたのだなと思いました。性格的な側面もあるかもしれませんが、そういう家父長制的な男尊女卑の空気感が、自分を取り巻く環境に当たり前にあったような気がします。無言の前提として、女性だから、長女だから、娘だからというところで私が引き受けることになっていて、NOと言える状況ではない。スタートの時点で、足にたくさんの重い鎖がはめられているような、そんな感じだったのかもしれません。

前回の「母親を見捨てたくなることへの罪悪感のトラウマを癒す」の介入で、最中も気持ち悪くて息が苦しかったですが、久しぶりに翌日の明け方、お腹を2、3回下しました。翌日の日中も眠くて、久しぶりに2時間以上昼寝もしました。「これは介入の影響だろうな」と思い、デトックスしている感覚があったので特に慌てることもなかったのですが…
「可哀想(だと思える人)に弱い、見捨てられない、断るのが苦手」という私の性格(性質)。上記の治療が終わった後に、「母を見捨てたくなることへの罪悪感がとっても強いと思っていたけれど、母は全然平気な人なんだ(可哀想ではないんだ)」と、ストンと腹落ちして言葉に出した瞬間、なんとも言えない、ポロポロと剥れる感じや、「なんだ、平気なんじゃん!」と憤りの感情や、気づいた途端に力と気が抜ける感じや、そんな感情たちが混ざり合って込み上げてきました。「(母の)私は可哀想という私(娘)に対する洗脳。母から父に対してのポーズ(演技)もあったんでしょう」というよりさんの言葉が、妙に腹落ちして、「なんだったんだ…」と、憤ると共に気が抜けました。
他の人に対しても、同様なのでしょう。「本当に可哀想な人は、そういうことを出したり言ったりできない。可哀想じゃない人が、そういうふりをしている場合が多い」というのは、そうかもしれないと思い、今後も人と接する中で押し切られたり甘えられたりしないよう、気を付けていきたいと思いました。

「悪い人じゃない」と、人に対して私がよく口にしてフォローしているということ。言われて気付くと共に、確かにフォローしている時点で、私自身は何か不快だったり、苦手だったり、違和感を感じたりしているのだと思いました。
自分が悪者になりたくなくて、「悪い人じゃない」と丸め込むことで、人の嫌な部分(自分が不快に感じる部分)に蓋をしようとする癖があること。そこに気が付きました。一見そうは見えない(悪い人じゃないように思える人)の支配の形もあるということ。また嫌なものを嫌と受け止めずに収めてしまうと、甘えてくる人もいるということも、肝に銘じたいと思います。
私は人と仲良くなりやすい(サービス精神、開示が多い)ということ。それはいいところでもあるけれど、相手に情報として取られ、搾取につながりやすくもなるということも、改めて気を付けていかないといけないなと思いました。

 

乙原より

 

こんにちは
カウンセリングのご感想をありがとうございます

課題となっていたものが
剥がれてきた瞬間でしたね!

実際 皆様
『ヒビが入ってバリバリ剥がれた』

『ポロポロ鱗みたいなものがとれた』

おっしゃいます

そんな時 スーパーバイザーが言っていた
『どろろ』を思い出します

ご自身の心を 取り戻される瞬間に
立ち会えるのは

私としても胸が熱くなる瞬間でもあります

課題、たくさん乗り越えられてきてきましたね

振り返ったときに
自分の歩んできた道は
きっと ご自身の中に『自信』と実感されると思います

もう少しで
『望み』に触れられそうですね!

応援しております

乙原

 

 

 

 

 

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